「柊さん」
声を掛けられ振り向いた先にいたのは、『彼女』だった。
「なんでしょう?奏様」
折り目正しく礼をして、その人を見る。
「今日のおやつ、なんですか?」
そんな他愛のないことを終始笑顔で聞いてくる彼女は、本当に今この状況が楽しくて仕方ないのだろう。
「本日はチョコレートのタルトをご用意しております」
前までだったら、こんなことは絶対に自分には聞かなかっただろう。
でも、今の彼女は少し違うのだ。
きっと、些細なことでも…俺に声を掛けてくるんだろう。
「チョコタルト!うわぁ、すごく楽しみ!」
「お飲み物は、何をご用意致しましょう?」
「うーん…じゃあ、ホットミルク」
「かしこまりました」
彼女の笑顔に思わず自分の頬も綻んだ。
「ねぇ?」
「なんでしょう?」
彼女の髪を風が攫う。
まだ少し肌寒く感じる風が窓から窓へと通り抜け、その存在を懸命に示していた。
「柊さんも、一緒…だよね?」
ふわふわとしたその笑顔はさっきまでとはまた違ったもので。
少しだけ…頬が赤みを帯びていた。
「えぇ」
その笑顔にまたふっと零れる笑み。
あぁ、自分もこういう顔をするんだな。
こんなこと、今更思い出すなんて。
おかしなものだ。
あの日から。
「柊さんは?何飲む?」
「私は結構です」
「えぇ。だって、折角のお茶なのに」
「しかし、私はあくまで執事ですから」
いつもの調子で返事を返せば、少しだけむくれた顔になる。
彼女はいつだってそうだ。
色々な表情(かお)を持っている。
だから、惹かれたんだ。
西園寺奏という存在に。
「では…」
「ん?」
「氷水を一杯いただきましょう」
「それで良いの?」
「充分です」
あなたの隣にいられるのならば。
もうすぐきっと、綺麗な花が咲き乱れるだろう。
例えば、
あなたの…頬の色のような。
隣に立つのは笑顔の絶えない人。
その隣にいる自分が、
どうかいつまでも
その笑顔を見ていられるよう。
今は、そう思う。
―Fin―
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