別荘に入りテラスへと出ると、先程の景色がまた少しだけ違って見えた。
それは、本当に何も邪魔されることのない最高の景色。
「素敵だなぁ…すごい」
その景色にまたも目を奪われていると、後ろからカチャッと音がした。
振り返ると、そこにはカップを手にした柊さんの姿。
まさにテーブルに置こうとしているところだった。
「どうぞ、奏様」
ふわりと温かく甘い香りが鼻をくすぐる。
「…カフェラテ…ですか?」
ぱたぱたと近づきそのカップの中を覗き込む。
カフェラテにしては…甘い匂いがする気がして。
「カフェラテにはカフェラテなのですが…はちみつを入れてあります」
「はちみつ?」
「ハニー・ラテです。こちらなら…お嬢様でも大丈夫かと思いまして」
「え!」
「苦いコーヒーは少し、苦手でしたよね?また、甘いものが好きだったかと」
そう言いながら、そっと差し出す様はいつもと変わらない柊さんなのに。
いつもと格好が違うからかな?
なんだろう、すごくドキドキする。
私はすとんと椅子に座って、それを手にする。
近づければ近づけるほど香るはちみつの甘い香り。
そっと口づけて飲めば、口いっぱいに甘い香りと味が広がった。
「おいしい!すごくおいしいです!」
笑顔でそう答えると、ふっと優しい笑みを返してくれた。
たった、一瞬だったのだけれど。
「それなら、良かったです」
そう言うと、もう一つ用意してあったコーヒーに口をつける柊さん。
「それは…ブラックですか?」
「奏様は、少々苦手かと思います」
「…私もそんな気がします」
そんなやり取りをした後。私は、鞄からごそごそとあるものを取り出した。
それは、スノーボール。
「じゃあ、これは私からです」
すっと差し出すと、思ったよりも素直にそれを手に取ってくれた。
「昨日、これを?」
「あはは。柊さんのチョコチップクッキーには勝てませんが」
そう言うと、柊さんは返事の代わりにクッキーを一つ口にした。
そして、
「おいしいです。ありがとうございます」
そう、私に告げたのだった。
あぁ、ダメだ。全然ダメ。
何がダメって、その表情です。
まさに、一撃必殺。
柔らかい風が吹き抜ける。
「ところで、お嬢様」
「はい?」
「髪、どうなさいますか?」
「…柊さんにお任せします。って、なんか変な感じですね。柊さんにやってもらうのって」
「お嫌ですか?」
「そんなことないです」
私はそっと帽子を返した。
煙草の匂いのする、その帽子を。
―Fin―
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