バターを練り混ぜて、グラニュー糖を加えて。
「次は薄力粉とアーモンドパウダー…」
と、ふるっておいた粉を手に取ったその時だった。
「…奏様?」
「ひゃっ!?」
思いがけず掛けられたその言葉に、思わずビクッとする。
「っと、わっ!」
そして、手に取った粉の入ったボウルを落としそうになった。
「大丈夫ですか?」
さっと横から伸びてきた長い指。
その大きな手に支えられ、ボウルは落ちることなく私の手の中へ。
「び、ビックリした…」
「驚かせてしまい、申し訳ございません」
その声はちょうど頭上から降ってくるようだった。
すぐ後ろにその気配を感じ、少しだけ振り返りその顔を見た。
でも、私にはそこにいるのが誰か…わかっていたのだけれど。
「ありがとうございました、柊さん」
「いえ…」
淡々とした口調で、いつもの表情で。少し高い位置にあるその人の顔はいつもと変わりなかった。
「こんな時間に、どうかなさいましたか?」
「え?あ、あはははは…」
実はバレンタインの時ほどではないけれど…やっぱり私は遅い時間に厨房にやってきていたのだった。
そして、バレンタインの時よりも早い時間ということで…ちょうど合ってしまったんだろう。柊さんの見回りの時間と。
「クッキー…ですか?」
後ろからひょいっと覗き込むその仕草に思わずドキッとした。
普段の柊さんからは想像が出来なかったから、その行動が。
「あ、は、はい…」
そして、図星のその言葉に私はただただ頷くしかなかったのだった。
「そういえば。明日はホワイトデーでしたね」
「…はい、それで…またこっそり作ってました」
私はぼそぼそと小さな声で答える。
まるで何か悪いことをしているかのような気分。別に、そんなことはないのに。
私のその言葉はしっかり柊さんの耳に届いていたようで。
頭上から今度はくすくすと笑う声が聞こえた。
「お嬢様はこっそりお作りになるのがお好きなんですか?」
「え!?いや、それは…その…なんか作ってるところって見られるの恥ずかしいし、こういうのって…あのぉ…」
思わず私は真っ赤な顔をして弁解。
バッと柊さんの方を振り向くと、少しだけ笑っている柊さんの顔が目に映った。
…不意打ち。
その表情に私はまたドキッとする。
やっぱり、いつ見てもドキッとするんだ。彼のこういう柔らかい表情。
「っていうか、あの…見回りの邪魔してすいません」
「いえ、構いませんよ」
すっとまたいつもの冷静な柊さんの顔に戻る。
この人は本当に…スイッチの切り替えが早いなぁ。
「それでは。ごゆっくり、と言いたい所ですが。あまり遅くなられませんよう、お嬢様。お身体にさわりますから」
すっと礼を一つすると、柊さんはまた一つ口元に笑みを浮かべた。
「あ、ありがとうございます…」
私のドキドキがおさまらないまま…柊さんは厨房を後にした。
← | →