「わぁ!すごい!」

 週末の昼下がり。
 雅季くんとやってきた場所は、春の海だった。

「奏、はしゃぎすぎ」

 その声も今の私にはしっかり届かず。
 だって、ここは…プライベートビーチでもない、いろんな人がいる海だ。

「ねぇ、どうして連れて来てくれたの?」

 振り返り、髪をかきあげている雅季くんに質問をする。
 すると、雅季くんは呆れたような顔をしてこう言った。

「…自分で言ったこと、忘れたの?」
「え?」

 その時、私にはその意味が解らなかった。

「誰?海に行きたいとか言ってたの」
「…あ」

 それでやっと思い出した。
 それはつい先日のこと。なんとなく言った…あの言葉だった。

「覚えててくれたの?」
「…別に」

 ふいっとそっぽを向いてしまった雅季くんの頬は、ほんのり染まっていた。
 私はそんな様子すらも愛しく感じて。とにかく堪らなかった。

「ねぇ」
「何?」
「ありがとう、雅季くん」
「別に…」
「同じこと言ってる」
「ほっといて」

 歩いていってしまう雅季くんの腕に自分の腕を絡ませて。
 真っ赤になっている雅季くんの顔を満面の笑みで覗き込んだ。

「…それと」
「うん?今度はどうしたの?」
「はい、これ」

 ポケットから取り出したのは小さな包み。
 青いリボンが可愛いそれの中身は、小さな凝った形を瓶のようだ。

「これ、なぁに?」
「…香水」
「香水?」

 私はそれを受け取るなり、しゅるっと音を立ててリボンをほどく。
 中に入っていたそれを鼻に近づけると、ふわりと香ったのは…大好きな香りだった。

 もしかして、これ…―

「ねぇ」
「何?」
「この香水」
「多分、思ってる通りだよ。奏の」
「え?ってことは…」
「それ以上は、言わない」

 そう言うとまたそっぽ向いてしまう。

 ねぇ、この香りは…雅季くんのものでしょう?

 ってことは、ねぇ、お揃い…だよね?

「奏」
「何?」
「この先、あのペンション、わかる?」
「…あ!」

 それはいつかテレビで見たそれだ。

「どうして!?」
「奏、裕次兄さんとテレビ見てたでしょ?」
「…当たり」
「裕次兄さんが嬉しそうにこの間話をしてた」
「そうなんだ」
「奏と同じこと言ってたよ」
「…そうなんだ」

 くすりと笑って想像する金髪のお兄ちゃんの顔。
 兄妹なんだなぁってこういう時に思えて、なんだか嬉しい。

「貸切とかじゃないけど」
「へ?」
「今日、行くから。あそこ」
「…え!?」
「そう言うと、思った」

 私の顔を見てふわりと笑ったその笑顔に、
 トクンと一つ、私の心が鳴る。


「ほら…行くよ?」


 その手を取ったら、きっと…。


「うん」


 きっときっと、素敵なことが待ってる。

 そうだ。ねぇ、その前に。


「ねぇ?この香水、つけてもいい?」
「好きにしたら良い」


 あなたの香りを…私に分けて。


―Fin―

→あとがき


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