3月14日…ホワイトデー当日になった。
私は、今門の前にいる。
なぜかって、柊さんを待っているから。
「お待たせ致しました、奏お嬢様」
あ…やっぱり似合ってる。
声のする方を向くと、そこにはバイクを引いた柊さん。
そう、私のリクエストは…
『海に行きたいです。春の海』
『海、でございますか?』
『その…ダメ、でしたか?』
『いえ。承知いたしました』
『で、その…』
『はい?』
『…バイクに、乗りたいんですけど』
『…』
あの時の柊さんの少し呆れた顔。しっかり覚えてます。ごめんなさい。
でも、その後の小さな呆れ笑いもしっかり覚えてます。
『西園寺家のご令嬢はとんだお転婆ですね』
そう言われたのに、全然気にもならなかったくらい衝撃的でした。
「…奏様?」
「へ!?あ、ごめんなさい!やっぱかっこいいなぁ、って…」
あ、つい本音が…。
あれ。何も言わない。それどころか、どこか顔…赤い?
って、残念。ヘルメット被っちゃった。
「…どうぞ」
少しそっぽ向いて渡されたヘルメット。
少しだけ冷たいそれも、どこか温かく感じたのはなんでかな。
春になったと言っても、まだ3月。
薄手のシャツではまだまだ肌寒い季節なわけなのだから、当然バイクは…
「さむっ」
思わず零れる言葉。
そんな言葉も軽くかき消す喧騒。
大きな音を立てながら、どんどんスピードは上がっていく。
海はもう、目前だ。
なるべく厚手の服を着てきたつもりだけれど、やっぱり寒いわけで。
私は思わず回していた腕にきゅっと力を込める。
ほんのりと感じるのは柊さんの熱。
何も声は掛からないまま、バイクは風を切っていく。
もし声が掛かったとしても、この喧騒じゃきっと届かない。
私は滅多に感じることの出来ないその人の熱を、感じていた。
きっと、今だからこそ出来ることだから。
海まで、もう少し。
それまで、もう、少しだけ。
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