私たちは陽の傾きかけた温泉街をゆっくりと歩いて、最初に着いた旅館へと向かった。
裕次お兄ちゃんは終始嬉しそうに色々と話していたのだけれど、私は半分近く頭に入っていなかったと思う。
だって、大好きな裕次お兄ちゃんとホワイトデーにデート出来ただけでも嬉しいのに。
それなのに、二人きりでお泊り?
私の心臓、もたないって!
「ねぇねぇ、奏ちゃん。やっぱりみんなへのお土産はあの温泉饅頭にしない?」
「え!?あ、うん。良いと思う。美味しかったよね、あの温泉饅頭」
色々な想いをぐるぐるとかき混ぜながら歩く。
そんな様子に、裕次お兄ちゃんは気づいたみたい。
「奏…?」
「え?」
「どうか、した?どっか調子悪い?それとも疲れちゃったかな?俺、連れ回したよね?」
不安そうな裕次お兄ちゃんの顔。
私はいつの間にこんな顔をさせてしまったんだろう。
「そ、そんなことない!大丈夫だよ?」
「本当に?」
「うん、本当に。ただ…」
「え?」
思わず出てしまいそうになった言葉を寸前で止めた。
言えるわけない。
大好きな裕次お兄ちゃんと一緒にいて…こんなにもドキドキしているだなんて。
「ただ、何?」
立ち止まって、そっと私の手を取る。
その仕草と思ったよりも冷たかった裕次お兄ちゃんの手に、私の心臓はどくんと跳ねた。
「…それは…」
カーッと顔が熱くなっていくのがわかって、思わず顔を背ける。
すると、
チュッ・・・
それは、一瞬の出来事。
触れたか触れないかわからない、感覚。
頬に冷たい掌の感触。
唇に温かい…唇の感触。
「ねぇ、奏ちゃんも…俺と同じ?」
そう言うと、私が何かを言う前に私の手を自分の胸元へと当てた。
じんわりと伝わる体温と一緒に感じたのは、心臓の鼓動だった。
あれ?裕次お兄ちゃんも、ドキドキしてるの?
パッと裕次お兄ちゃんの顔を見ると、その頬もどこか赤みを帯びていて。
私はその碧い瞳を見た時、視線を外せなくなっていた。
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