やってきた足湯場。そこには数人の先客がいて、楽しくおしゃべりをしながら足湯を楽しんでいた。
「わぁ、気持ち良いねぇ!」
そっと入れた足元からじわりと熱が伝わってくる。
「本当だ!すごく気持ち良い」
私のすぐ隣に座った裕次お兄ちゃんはぐっと伸びをしながら足湯に浸かっていた。
さり気なく隣に座った裕次お兄ちゃんとの距離が思ったよりも近くて…。
私はなんだか妙にドキドキしてしまう。
顔が赤くなっていくのは、熱いお湯から立ち上る湯気のせいか、それとも隣にいる裕次お兄ちゃんのせいか…。だんだんわからなくなってきた。
「もう、こんな時間かぁ」
外の景色に目をやると、少しだけ日が傾いてきていて場所によってはオレンジ色の空が見えていた。
「あっという間、って感じだったね。裕次お兄ちゃんもすごく楽しんでたみたいだし」
私がくすくすと笑いながら言うと、裕次お兄ちゃんは恥ずかしそうに照れ笑いをする。
「でも、私もすごく楽しかったよ?」
「本当に?」
「もちろん!」
そして、今度は満面の笑み。
と、その時。
「…!」
すぐ近くにあった裕次お兄ちゃんの肩がぶつかったと思ったら…手に温もりを感じた。
置いていた手に大きな手が重なっている。
「ねぇ、奏ちゃん?」
重なった手からの温もりと、すぐ近くで聞こえる裕次お兄ちゃんの声。
ねぇ、私の心臓、どうかなりそうだよ。
「な、なに?」
とてもじゃないよ、目は合わせられない。
私は浸けていた右足でパシャリと水音を立てる。
「…日帰りって言ってたけど。俺、やっぱり帰りたくないや」
「…え!?」
「今日、良い…かな?一緒に居ても」
さっきまでの子どもみたいな笑顔と声はどこに行ったんだろう。
裕次お兄ちゃんは、男の人の声と男の人の顔で私に話しかけていた。
「…うん」
私は、ただ頷くしかできなくて。
「やった!ありがとう!」
満面の笑みに戻った裕次お兄ちゃんの顔さえ見れなくなっていた。
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