「裕次お兄ちゃん、私、いつもの高台に行きたい!」
風が、優しく髪を撫でて通り過ぎていく。
ペダルを漕ぐ裕次お兄ちゃんに伝えたのは、いつも学校帰りにフェラーリで通る高台。
「こんなにいいお天気なんだもん。きっと景色もきれいだよ!」
見晴らしが良くて、いつもフェラーリの窓から眺める景色は、私のお気に入りだった。
「了解!お姫様♪」
進行方向を見つめたまま、大きめの声で答えてくれた裕次お兄ちゃん。
こんな風に、ちょっと大きめの声で会話をするのも、なんだか新鮮。
今日のお出かけに自転車をチョイスしてくれた裕次お兄ちゃんに、感謝、かな。
…なんて、ついさっきまでは思っていたんだけど。
「ねえ、裕次お兄ちゃん。私、やっぱり降りるよ」
高台…ということは、当然上り坂の先にあるわけで。
「だい…じょ、ぶ……!」
いつもフェラーリで一気に上っている坂道だけど、自転車…しかも二人乗りで上るのは、かなりキツいみたい。
軽い気持ちで高台なんて言ってしまった事を、私は早くも後悔していた。
「せっかくの…奏ちゃんからの、ハァ…リクエスト、なんだから…ハァ
、ハァ」
一人ペダルをこぎ続ける裕次お兄ちゃんの息は上がり、自転車の速度もかなり落ちている。
降りて歩こう、と何度も言ったんだけど、お兄ちゃんは自転車を止めようとしない。
「絶対、上るからね! あとちょっと…だーーッ!」
うおおおぉ、と気合を入れて、裕次お兄ちゃんはペダルを踏む足に力を込めた。
坂の頂上までは、あと少し。
「もう……仕方ないなぁ」
子どもみたいにムキになる裕次お兄ちゃんも、なんだか可愛くて。
「あとちょっとだよ、頑張って!!」
自然と、応援の声をかけていた。
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