その日…学校へ行って、帰ってきて。夕飯を済ませてから、みんなでテレビを見たり、話をしたり。
 いつもとなんら変わらない一日だったけれど、何かが違う。
 多分…御堂さんと話をしていないから。
 声を交わした時といえば…挨拶や食事の時くらいで。
 いつもなら、何かしら話をしているのに。
 いつ見ても…彼はただただにっこりといつもの笑顔をしているだけだった。


「ふぅ、気持ちよかった」
 髪をタオルで拭きながら部屋に戻る。
「やっぱりいつ入っても気持ちが良いなぁ、大きいお風呂は」
 上機嫌で部屋のドアを開けようとした時。
 すっとその手を誰かに掴まれた。
「え…!?」
 と、気づいた時には…バタンとドアの音がして、もう部屋の中。
 背中に感じるのは少しだけ冷たいドアで、掴まれた手がやけに温かく感じる。
 電気をつけていないその部屋は薄暗く、月明かりがカーテンの隙間から差し込みそこだけが明るい。
「…御堂さ…ん?」
 その距離わずか数センチ。
 薄暗くてもわかるその顔。少しだけ紅茶の香りのするその人は、じっと何も言わず私を見つめていた。
「二人きりの時は…?」
 妖しく光るその瞳に見つめられた私は、喉の奥で少し言葉に詰まらせる。
「その呼び方じゃないだろ?奏」
「要…さん?」
「良く出来ました」
 そう言うと、返事をする間もなく唇を塞がれる。
 少し深いそのキスに翻弄されながらも、その熱を感じる。
 解放された時には、頬が紅潮していた。
「顔が赤いですよ?」
「…要さんのせいです」
「…どうして?」
「わ、わかってるくせに…」
 小声でそう反論しても無駄なことくらいわかってる。
 とても敵わない。
「ねぇ?奏?」
「な、なんですか?」
 その瞳は私を捕らえて離さない。
「昨日は誰と電話していたんですか?」
 にっこりと笑いながら。
「友だち…ですよ?」
「ふぅん。昨夜来るのが遅かったのは、そのせい?」
「え…あ…。その、掛かってきた、から」

 あ…それで、か。

「友だちは…」
「え?」
「男?」
「ち、違うよ!女友だち」
「そう、それなら…良かったです」
 要さんはそう言うと掴んでいた手の力をそっと緩める。
 それを確認して、ホッとした瞬間。
「…んっ…!」
 また唇を塞がれる。
 油断していたせいか、今度はさっきよりも深く…。
「ふぁ…」
 その口づけは唇から、頬、耳、首筋へと場所を変えていく。
「綺麗な声」
「い、言わない…で下さい…恥ずかしいです」
 耳元でくすりと笑う声が聞こえる。
 それと一緒に漏れた吐息が耳を掠めると、力が少し抜けてしまう。
「キスしてる、だけだよ?」
「…っ」
 その声はいつになく妖艶で…。
 私の思考はあっという間に犯されていく。


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