驚きと焦りの混じった声で彼の名前を呼ぶと、彼は落ち着いた声でこう言った。
「紅茶をお持ちしました。奏様」
「は、はい。ありがとうございます」
それはまるで、今まで私に合った出来事を何も知らなかったかのような素振り。
絶対にわかっているはずなのに…。
でも、そんな素振りに私は聞こうと思っていたことを聞けないでいた。
「…」
「どうなさいましたか?」
そんな私の様子に笑顔で聞いてくる。
ずるいよ…。
「…わかってて言ってるんですか?」
やっと出た言葉は少し拗ねた感じの言葉。なんだか恥ずかしくて、目線を逸らしながら聞く。
それを見て、彼は少しさっきとは違う笑みを見せる。ちょっといじわるな感じだった。
「ごめん。あまりに奏の様子が面白かったから」
「…要さんのいじわる!」
その顔は「恋人」の顔。敬語が外れるのは「恋人」の時だけだ。
おかしそうに笑う要さん。それを見てむくれる私。
私はまだまだ子どもなのかな?
「一体、いつ付けたんですか?」
「うん?これのこと?」
首筋にそっと細い指が滑り込んでくる。その仕草に思わずドキッとしてしまう。
「…そうです」
「昨日ですよ。覚えていないですか?奏様」
わざと丁寧な言葉で聞いてくる。顔はまだ笑っていた。
「昨日?」
「そう、昨日」
記憶を手繰り寄せる。確か昨日は要さんのお部屋に遊びに行って、ミュウと遊んだりして…そして…
「…あ…!」
急に思い出して顔が真っ赤になる。
「わかった?気づかないほど、ボーッとしちゃってたんだね」
くすくす笑いながら意地悪く言う。そんな彼に私は少し声を上げて言った。
「わ、笑い事じゃないですよ!学校で友だちに言われたり、修一お兄ちゃんや裕次お兄ちゃんにバレたり、大変だったんだから!」
「確かに、その場所ではバレてしまいますね」
そう言いながらも、その顔に反省の色は見えない。
「もう!」
私は少し拗ねた顔をして顔を思い切り背けた。
すると、ふわっと鼻をくすぐる香りがした。これは、彼の香りだ…。少しだけ紅茶の匂いが混ざっている彼だけの香り。
ちらっとそっちを見るとすぐ近くに要さんの顔があった。
「そんなに、怒らないで」
「だって…」
すっと頬に当てられた手にまたドキッとしてしまう。そして、軽いキスをされた。
「あまりに奏が可愛かったから」
…そんな顔してそんなこと言われたら、何も言えないよ。
「仕方ない…なぁ」
結局簡単に折れてしまう私。我ながら甘いと思う。
…だから、またいじわるをされるんだ。
「あぁ、それでは」
「え?」
「今度は見えないところにしましょうか」
「え…えー!?」
そして、あっという間にたくさんのキスが至る所に降ってきた。
次の日、赤い痕が増えたことは言うまでもない。
今度は確かに…見えない場所だったけれど、ちょっと恥ずかしい…。
君とのキスはとても甘い。
甘くて甘くて、どうかなってしまいそうだよ…。
―Fin―
→あとがき
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