頭のてっぺんから爪先まで



恋だとか
愛だとか



そんなものに浸かってみたかった。










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act.1 ゼロ以上イチ未満。








昨日の晩は久しぶりに他大との合コンに人数合わせに駆り出されて、お酒事態が久々だったのもありメンバーに当たりがいなかったのもあり親友のノロケ話に嫌気が差していたのもあり、ともかくビールと焼酎を浴びるように飲んで当然の如く私は泥酔した。

送る、と言ってタクシー乗り場まで連れて来てくれた名前も分からない彼から一万円札だけ徴収し、無理矢理彼をその場に残して私はタクシーの運転手さんに「駅まで」と言った。

「終電行っちゃってるけど」
「ん、大丈夫れす」
「はいよ」

酔っぱらいの相手もお座なりにタクシーは駅に着く。名前もわk(略)彼からお借りした一万円札を運転手さんに渡して駅に降りた。お釣りを貰ったのかどうかは覚えていない。とにかく駅に降りた。私の記憶はそこまでだ。




「…どこ?」



目覚めた私が居たのは、コンクリートの上ではなくホテルの一室でもなく駅近にある親友の家でもなく、ましてや自分の部屋でもなく。生活感溢れる見覚えのない“他人”の部屋のベッドで寝ていた。部屋をぐるりと見回すが、見たところワンルームマンションの一室と言ったところだろうか。幸いと言っていいのかどうか、家主の姿は見当たらなかった。


重い頭を働かせようと頑張るが二日酔いでそれどころではない。そういえば、と思い布団の中を覗いて衣服の確認をした。しわくちゃだが問題ない。やらかした訳ではないようだ。


「起きたん?」
「っ!」


安堵のため息を吐いていたところに、突然掛けられた声に肩が跳ね上がる。奥の扉から姿を表したのは銀色とも言えるほど脱色した頭の男だった。奥の扉は浴室なのか、彼は濡れた頭でタオルを被っている。私が動けず固まっていると、彼は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し私に差し出す。キャップの封を切ってから渡すその流れる動作に女慣れしていることが分かった。


「…ありがとう」
「いーえ」


やけに色気を放つ笑みを浮かべる彼をまじまじと見る。うん、美形だ。あと絶対知り合いじゃない。


「昨日の事覚えちょる?」
「ぜんぜん」
「やっぱりー」
「あの、私なんでここに?」
「先に名前聞いてくれんかの、名前ちゃん」
「…私名乗ったの?」
「J大学1年の名前ちゃん。自分で言っとったよ」
「………」


自分のアホさにつくづく呆れる。二日酔いと相まっていよいよ頭痛で頭が割れそうだ。自分で自分の首を絞めたくなった。


「お名前伺ってもいいですか」
「仁王、雅治」
「…学生?」


私の恐る恐るといった様子に、仁王と名乗った彼はニヤリと笑う。

見たところ大学生かフリーターに見えるんだけど。まさか夜のお仕事の人とか。


「…違った?」
「いや?学生」
「そ…そっか。大学生?専門?」
「コーサン」
「は」
「高校三年生」
「………高校生っ!?」


思わず驚嘆の声をあげる私に仁王君はくつくつと喉を鳴らして笑った。可笑しくて仕方ないというような様子の彼に私は目を見開いたまま再び硬直する。高校生?まさか、見えない。堂々巡りの私の思考なんてお構いなしに、仁王君はベッドの上で布団にくるまったままの私の隣に座った。


「そんなに意外かのう?」
「…うん」


私の即答に再度彼は笑う。今度は声を上げてお腹を抱えだした。え、もしかしてからかわれてるのかな…。唖然としていると不意に仁王君は笑うのをやめて私を見据えた。凄く色っぽい笑みを浮かべて私の瞳をのぞきこむ。


「…ね、ねぇ」
「んー?」

高校生にあるまじきその色気に押されつつも何とか動揺を隠そうと声をかける。…が、駄目だ。この子直視してられない。

「何するんじゃ」
「ごめん、何となく」

無意識に片手で彼の目を覆っていた。何しているんだ私。いやだって、目がなんかアレなんだもん。ごめん仁王君。

心の中でもう一度謝ってからそのまま話を続行させた。

「あのね、変な意味じゃなくて取り敢えず確認しときたいんだけどね、」
「うん」
「…私、君に手ぇ出してないよね…?」
「…………」


私の意を決して吐き出した言葉に一瞬二人の間の空気が停止した。次の瞬間、突然仁王君が盛大に吹き出す。堪えられないというようにベッドの上で苦しそうに笑い転げる彼を見て沸き上がってきた羞恥心。付随して腹も立ってきた。


「ちょっと、私は君のためにも恥を忍んでね…!」
「ごめ…っ今喋んないで…くくっ…あんたの台詞全部ツボるんじゃ…くくっ」
「な…っ!」


“んだとこの野郎!”という言葉は彼の手によって遮られてしまった。口を塞がれた状態で仕方なく彼の笑いが収まるのを待つ。まだ目の前で苦し気に肩を揺らす彼を見下ろして物凄く複雑な気持ちになった。何て笑いのツボが浅いやつだ。浅い上に少々ズレている。


「もがまっま?(おさまった?)」
「…何て言っちょるか分からん」


笑いすぎて目尻に涙を浮かべた彼はようやく私の口を塞いでいた手を離してくれた。笑われたことが不本意で仕方ない私は顔をしかめて仁王君を見る。


「質問の答えじゃけど」
「…」
「…何じゃ」
「ごめん」


やっぱり彼の目を間近で見ていられなくて私はさっきと同じように彼の視線を片手で覆う。何だかもう条件反射だ。仁王君はそんな私の行動を諦めたのか受け入れたのか、そのまま話を続けた。


「期待に添えるような事は何にもしちょらん」
「…よ…っかったぁ」
「誘われたけど」
「え!?」
「名前が寝オチで俺は生殺しじゃ」
「えぇ!?」


思わず彼の視線をシャットアウトしていた手を退ける。が、現れた彼の意味深な笑みを含んだその視線に再びシャットアウトした。


「邪魔」
「ちょ!」


しかしその手は仁王君の手によって退けられる。右手が駄目なら左手をと攻防を繰り返すが、結局彼に両手を捕まえられてしまう。非常に不本意ながら向き合う形になり、彼は呆れたように口を開いた。


「で、何で名前がここに居るのかって質問じゃけど」
「……うん」
「…昨日の夜、駅であんたに絡まれてゲロ吐かれて放置するわけにもいかず取り敢えず姉貴が借りてるこの部屋に連れてきた。トイレ貸してやって、出てきたと思ったらいきなり俺は押し倒されてあんたは爆睡」
「……」
「アンダスタン?」
「おー…アンダースタン」


理解したくない脳みそに押し寄せる現実が余りに酷くて意識が遠のく。絶望。そう絶望だ。この言葉が今以上に当てはまることなんてこの先きっとない。あぁ私の成功人生に置いて何て貴重な体験…。


「ごめん」
「……」
「…いひゃい(痛い)」
「何じゃその軽い謝罪。もっと心を込めて詫びんしゃい」
「ほめんらひゃい(ごめんなさい)」


仁王君が片手で私の両ほっぺを掴むので、きっと今私は物凄く不細工な顔になっていると思う。何という屈辱だろう。ゲロを吐いたとしても曲がりなりにも女の子だというのに。私の訴えた瞳が通じたのか、彼は一度ため息をついてから解放してくれた。そうかと思うといきなり立ち上がる彼を思わず見上げる。


「取り敢えずどうするん」
「…?帰るよ?」
「道分かるんか?」
「分からん」
「駅前じゃけど」
「じゃあ分かる」
「あっそ」


そう言うと彼はまた奥の扉に消えていった。何だ、勝手に帰れと言うことなのか。そう理解した私は直ぐ様ベッドから抜け出してフローリングの床の上に転がっていた自分のカバンを拾い上げた。あぁ頭ガンガンする。髪の毛だけ手櫛で何とか整えて玄関に向かった。


「名前」


背後から名前を呼ばれて振り向くと、反射的に目の前に飛んできたものをキャッチした。手に収まったウコ●の力を見てから顔を上げる。


「どうせならもっと可愛く酔いんしゃい」


目を細めてそう言った仁王君はやっぱり高校生にあるまじき色気だった。何て可愛いげのない。


「ガキのくせに生意気」
「たかだか一個違いで?」
「充分よ」
「ふーん」


何が良いのか彼は楽し気に笑った。仁王君に背中を向けて靴をはき玄関の扉に手を掛ける。ふと感じた気配に後ろを向こうとする前に、私の手に彼のものが重なった。


「またね、オネーサン」



低く落とされた声を振り切るように外に出た。後ろ手に閉めた扉のむこうで彼がまた腹を抱えて笑っているのが目に浮かぶ。苛立ちに眉間が寄るのを感じながら、爽やかな朝の空の下私は早足に駅へ向かった。





「(…あ)」

休日早朝の人の少ない電車の中、ウコ●の力を一気に煽ってから私は己の重大な失敗に気が付く。



「(…携帯忘れた)」



…もうやだ自分。







…to be continued.