紺青の夜に




狂桜散華の番外小ネタ。十六夜と千夜しか知らない昔々の話。







いくら名無様が素晴らしい御方であったとしても、それを理解出来ない低能で低俗で愚かで浅ましい奴等は居る。




奴等は名無様を【化け物】などという言葉で蔑み、侮辱していた。(それを知り、何人か葬った)




奴等を一掃する為に名無様には極秘で事を進めてきた(名無様にはバレているのだろう。笑顔で我を見送った)


そして、今夜遂に名無様の暗殺を企てていた奴等を追い詰めた。

奴等は喚いていたが、その内に名無様を侮辱し始めた。



「あんな【化け物】早く殺すべきだ!」

「そう、千夜様、貴方様はあの【化け物】と居て幸福を奪われているのです!最早アレは鬼などではありませぬ!!」



あぁ、何と愚かで見苦しくて、醜いことか…



「…幸福?」



醜く、浅ましい奴等の一人がそう言った瞬間、千夜様の纏う空気が変わる。



「ハッ…くだらない。幸福なんて要らないんだよ。僕は全てを愛しい愛しい片割れの為に捧げると誓ったのだから」



普段の名無様とは違うが、似通ったものを感じさせる柔らかな空気が消え去り、そこには名無様と同じ顔で、唯一違う濃紺の瞳に冷徹な光を宿し、感情など最初から無かったかのように表情を“無”にした千夜様が居た。


【愛しい片割れ】この言葉を紡ぐ時だけ慈しむような優しい声音になり、他は淡々と抑揚の無い口調で告げる千夜様。

しかし、我は知っていた。今、此の場で怒りを顕にする千夜様こそが、千夜様本来の姿である事を。普段の千夜様は次期当主であらさられる双子の姉、名無様の立場を悪くしない為に自ら進んで己を偽っている事実を。


素で、此の方が優しさを与えるのは唯一人、千夜様が【愛しい片割れ】と称する名無様だけ。


その事を知り得る筈も無い奴等は、その豹変ぶりに「ヒィッ!?」と情けない声を上げる。

我ですら全身の筋肉が畏縮するような感覚を覚えさせる殺気を浴びせられたのだから仕方の無いことだろう。

千夜様はそんな奴等など視界に入れずに我を一瞥すると刀に手を掛けて奴等に体を向ける。


我に背を向けたまま千夜様は言った。



「皐月、跡片付け任せるから宜しくね。
ちょっと派手に散らかしちゃいそうだからさ」

「御意。千夜様、返り血にはお気を付け下さい。名無様に見つかれば心配なされるでしょう」



そう返せば千夜様はクスリ、と背を向けたまま愉しそうに嗤う。

千夜様と向き合い真正面からその笑いが漏れた瞬間を見た奴等の表情が恐怖に歪んだ所を見ると恐らく、千夜様は普段浮かべている名無様を思い起こされる優しい笑みとは程遠い、歪んだ冷たい微笑を浮かべたのだろう。



「そうだね。名無は心配しちゃうだろうから気を付けないとね」

「分かって頂けて何よりです」

「うん。充分気を付けるよ。ありがとう皐月。
あ…そうそう、皐月は手、出しちゃ駄目だよ?」

「御意」



我の答に満足気に喉を鳴した後、千夜様はスラリと刀を抜いた。





「じゃあ、始めようか」





そこには残酷な笑みを浮かべる【鬼】が居た。











後書き的な?何の話かってーと、刹那は目茶苦茶強いんで、その強さに恐れを抱いた鬼の方達が謀反を企てて、それを知った千夜が動いた話。

ほら、人間って、自分と違うものを嫌がるじゃない。アレだよアレ。

鬼だって感情とかは人間と変わんないと思います。自分達と同じ鬼なのに自分達とは違って強過ぎる力を持った刹那を否定し、結果“化け物”たがら殺さなきゃ。みたいな。

悲しいもんですね。分かり合えないって。



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