狂い咲き桜




【玖蓮家】
鬼だけで無く人の頂点に立つ王とも言われる一族。その玖蓮家の本家で【狂桜鬼】
そう呼ばれる歴代最強の女鬼が生まれてから四年が経っていた。

そしてその本家の廊下を現当主である玖蓮千晃は後に、末代まで名を残すこととなる子供───玖蓮刹那。
千晃は愛娘が生まれた日の事を思い出していた。



 * * * 



自分はこの廊下を忙しなく歩き回り、玖蓮家の分家であり鬼達の医者をやっている如月一族の名医、如月遙に無事生まれたと告げれ男女の双子だと教えられた。

そして、妻の千優と生まれた我が子を見に向かうと、千優が愛しげに2人の赤ん坊を見つめていた。

1人はまだぐずっていて女中の1人があやしていた。もう1人はすぐ泣きやんだようで周りを不思議そうに見ていた。

そして、その2人に近付くと気付いた。

泣きやんだ方の瞳は美しい蒼。ぐずっている方は濃紺。…そして、力。
どちらも強い鬼の力を感じるが格が違う。
今は蒼の双眸を真直ぐ自分に向けている方は明らかに自分よりも強い鬼の力を持っている。
そして、その事に千優も気付いていたのか、複雑そうな視線を寄越した。

そう、これだけの力の気配を持っているにも関わらず、封印の気配がしないのだ。

普通ならする筈の封印の気配。それが無いこの赤子は危険だ。しかし、この蒼の瞳は凪いだ海のように静かで…自分達に害は無いと自身の直感的な確信を抱いた。

千優の腕に抱かれるその子から視線を外して、ぐずる子の方を見ると泣き疲れたのか、眠っていた。

その時、一片の花の花弁が部屋に入り込み、ふわりと蒼の瞳の子の上に舞う。その子は小さなその手をその花弁に伸ばした。花弁はふわりとその手に誘われるように収まり、自然とその花弁に目がいく。



(…桜?)



その形状と見慣れた薄紅色に疑問を覚えると、



「――っ?!」



誰かが息を呑む音がやけによく聞こえた。その音の方に目をやると、驚愕に目を見開いて外を指差す女中が居た。

その指の先を見やれば、あまりの衝撃に声が出なかった。

今は神無月。花の咲く季節では無い。ましてや、桜等咲く筈が無い。
…だと言うのに庭にある桜が咲いている。
昨日までは、何の変哲もない唯の木になっていたと言うのに…、
その鮮やかな薄紅色に、咲き誇る花に目を奪われていると赤子の笑い声が響き渡る。



「狂い咲きの桜…」



その後に隣りに控えていた遙の言葉が呟いた言葉に続き、



「その赤子は狂い咲きし桜の鬼姫…いや、【狂桜鬼】となるじゃろう…」



ばぁやの言葉がやけに耳に残った。



─狂桜─

(神無月に咲いた桜)
(それは、一つの物語が始まる合図)


(始まりの刻を告げる音)




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