追憶は近く、忘却には程遠く




闇を思わせるような、それでいて光に反射して美しく艶めく漆黒の、烏の濡れ羽色の髪。ここ数年で伸びたその髪に、片割れの姿を見た気がして、目を見開く。

その時に見えた濃紺の瞳を鏡越しに見てハッとする。

後ろに居た忍…皐月の瞳の奥が揺れたのが見えた。彼は忍の中でも飛び抜けて優秀だ。感情を見せるなど有り得ない。自分と、あの優しく気高い彼の主である片割れ以外に、彼が感情を見せるなど……

彼も自分と同じ事を思ったのだろう。片割れ…刹那は自分の双子の姉。双子であるが故に刹那と自分の顔立ちはまったく同じで、瞳の色だけが違う。

あの優しい片割れの瞳は蒼。光の加減で明度が変わる不思議な美しい瞳。自分は父から受け継いだであろう濃紺。
鏡とはいえ彼女と同じ顔が見えて、彼女を見つけた気がして、瞳の色を見て落胆した。




今はもう彼女はいないと分かっているのに…


もう一度、鏡越しに自分の顔を見る。彼女と同じ顔に暗い色の青が見える。刹那は此の暗い色をよく褒めてくれた。



『千夜の瞳は綺麗な色だね。青色と言うのは薄くく藍と言うには濃い、濃紺。深い海の色みたいで私は好きだよ。海って綺麗な色じゃないか』



刹那の一人称がまだ"私"だった頃の話。懐かしい思い出だ。あの頃は、刹那と違う此の暗い色が嫌いだった。
あの自慢の姉と全てが同じじゃないのが気に入らなかった。
…けど、刹那が好きだと言ってくれた色だから、好きになった。自分は他人の言葉はまったく気にしない質だった。けれど刹那の言葉だけは大事だったのだ。

優しい優しい片割れ。
僕が闇ならば彼女は光。僕の光。
彼女の光に寄せられ集まる奴等が嫌いだった。
醜い嫉妬だと分かっていても、刹那の一番近くに居れるのは自分だけで良かった。
どんな奴であろうと慈悲の心が大きいのであろう片割れは笑って許す。
刹那の些細な言動やちょっとした行動に様々な人達が一喜一憂する。
刹那は全ての者を惹き付ける魅了するものを内に持っていた。
彼女は僕の全て、愛しくて堪らない僕の片割れ、半身。
光のようなその存在は闇を持っていた。けれど決して墜ちることは無く、光も闇も受け止める、そんな存在だった。

そんな片割れは、今は居ない。

此の世界の何処にも。
消えてしまった。
外に視線を移す。片割れが消えてからも狂って、季節に関係無く一年中咲き続ける桜の樹を見る。

薄紅の華が風に舞い、散っていく。
その花弁が空の蒼に映えて、綺麗だった。





(君がこの世界から消えて、もうどれだけの時が経った?)

(彼女を思い出させるソレ等は、)
(どうしようも無く憎くて、)
(とてもしい)





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