愚かだろうと構わない




空の青に舞う薄紅色、柔らかな日差し、温かな空間に漂う穏やかな静寂。

そんな中で、樹齢は軽く百年は超えているだろう桜の大木に凭れながら寝息をたてている人影。



彼女の名が玖蓮刹那であり、後に美しく成長し続ける女性である事を先に述べておく。



そこは何処かの山奥だろうか?

周りは木々に囲まれていて、滅多に人は来なさそうだ。そんな中でガサガサと草を掻き分けてその桜の大木に近付く気配があった。

大木に凭れ眠っていた人影はその気配に目を覚ましたのか身動ぎした。そして、気配の方に視線を向け問い掛けた。



『誰?』



その気配の主は少年だった。藍色掛かった黒髪に濃い藍の瞳。少年は突然声を掛けられた事に驚き、振り返った。その瞳に涙を溜めて驚いたようにこちらを凝視している。

その少年から、先ず見えたのは蒼、光の加減で明度を変えるその不思議な色合いの瞳は長い睫毛が影を作ってはいたが、今日の光によって淡い蒼となって、少年の姿を映していた。

そして、風に靡く襟足が肩より少し長い漆黒の髪。日の光に反射して淡く光すら帯びているように見える白い肌が漆黒に縁取られ、その周りを淡い薄紅色が舞っている。


その光景に思わず見惚れてしまったのは仕方の無い事だろう。

その人の問いに、自身の頬を伝う雫を袖で拭いながら、少年は答えた。



「…山口、一」



これが、後に斎藤一と名乗る山口一と玖蓮刹那の出会いだった。



 * * * 




「…誰も、認めてはくれない」



そうぽつりと洩らしたのは、山口一。その風に攫われていきそうな言葉を確かに聞き取って、そちらに視線を向けたのは玖蓮刹那。

あの時の出会いから、半年という月日が流れていた。

刹那は、その言葉に静かに返した。



『なんで?』

「皆に、言われる。右差しは武士として間違っていると」

『馬鹿。一が生まれた時から持って生まれたものなんだから仕様が無いだろう。そんな屁理屈しか言えないような奴の言葉なんて気にするな』

「だが…」



俺は更に言葉を募ろうとした。俺とて、刹那が言っている事は分かる。だからこそ、不安だった。



『何故そんな事を気にするんだ?自分が生まれた時から決まっていたものなんだから胸を張れ、俯くな、敵と戦う時に礼儀だの何だの言ってたらやられるだろうが、刀は人を殺す為の道具だ。
実戦では卑怯だなんだ言えない。不作法も作法もあるか。それがお前なんだから、これが俺なんだって言えば良いんだよ』



そう言った刹那はキツくなった目元を緩ませて、微笑んで言葉を続けた。



『文句を言ってばかりで、自身の力を磨いて更にそれよりも強くなろうとする努力もしない奴等の言葉に、一が耳をしてやる必要は無いよ』



そう言い切った刹那、俺は刹那にそう言われて、目の前が明るくなった気がした。刹那は不思議だ。何時だって、人がその時欲している言葉をくれる。

初めて会った時も、



『なんで泣いているの?』

「……」




その問いに答えられなくて俯くと、



『…俺に、話してみない?力になれるかは分からないけど、言葉にして吐き出しちゃえば少し楽になる筈だよ?嫌なら無理にとは言わないからさ』



刹那はそう言って笑う。そんな刹那に俺は気が付けば全て話していた。

その時は怒られた。



『認められなかったらって、追い詰められたからって早々諦めて…甘えるなよ、もう我儘通せる餓鬼じゃないんだ。


『不満があるなら乗り越える努力をしろ。認められないなら認めざるを得ない実力を身につけろ。例え追い詰められたとしても決して折れる事の無い確固たる信念を持て』




そう言った後に、刹那はまた、微笑んで手を差し出して口を開いた。



『1人で、頑張れとは言わない。俺も一緒にやるから、一も頑張ってソイツ等に認めさせてやろう』



そう言った刹那は、酷く眩しかった。








 * * * 



その後は2人で道場に行った。刹那は、俺に待っているように言ってい、道場に入って行った。それから暫くして道場には刹那の姿があった。入門はしないらしいが、暫くの間道場に来るのだと師範代から伝えられた。

大人も師範代も皆刹那には敵わなかった。

しかも、刹那は足と胴に重りを付けた状態で戦っていた。俺は刹那に言われた通り、認めざる得ない力を身につけようとしていた。俺も、道場に居る門下生の誰にも負けないくらい強くなった。

なのに右差しであるだけで、認めようとはしない門下生達に俺は不安を感じていた。それも、刹那に告げれば、あの時のように軽くなる。



「刹那」

『なに?』

「ありがとう」

『どう致しまして』



あの時から、暫く時を共に過ごした刹那は一度姿を消した。

《またね》

という言葉と確かに共に過ごした日々の記憶だけを残して…
そして数年後、俺に居場所をくれた試衛館で、再び会った。

あの頃に比べて、背も高くなり、髪も伸びた刹那はそれでも、変わらず微笑むのだ。その変わらない笑みと多少変わったその姿を…また、あの時と同じように眩しく感じた。

その後、京に上がってから会わなくなったお前は、剛道さんを追って現れた。その時には既に剛道さんの行方は掴めなくなっていた。

そして、刹那と共に運悪く、あの狂気と居合わせてしまった剛道さんの娘───雪村千鶴が新選組にやってきた。
刹那は何時も雪村千鶴の側に居た。雪村を守るように。

大切な存在であるように。

そんな風に、俺も、皆も気付かぬ内に刹那に守られていた。全ては自分の為だと言い、俺達を影で守り続けようとする刹那に、俺は唯募る想いを伝えることも出来ず持て余していた。

刹那が大事で、刹那が愛しくて、刹那が大切で、刹那を想うだけで、どうしようも無く優しい気持ちになれる。

そんなお前だからこそ、護りたい。護らせて欲しい。

そこ在るだけで、人を惹きつけてやまない魅力を持つお前が、誰にも汚されぬように、守りたい。誰でも無い己の手で…

そう思う俺は愚かだろうか?



(ならば、俺は───…)




(守りたいのだ、)

(優しく微笑む君を)

(しい君が、)

(優しく在れる世界を)


(変わること無く)




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