自惚れても良いですか?
「痛い…」
転んでしまった…
膝から血が出てきてとても痛い。涙が目尻に溜まる。
そんな時、
『大丈夫?』
優しい声が聞こえると同時に私の身体が誰かの腕で持ち上げられ立たされた。そして、水で濡らした手拭いで傷を拭かれる。その下から現れた傷は既に塞がっていて、私は慌てて隠した。
(見られた!)
気持ち悪いと言われてしまうと思いギュッと目を瞑った。
しかし、
『千鶴ちゃんだよね?俺は刹那、綱道さんが探してたよ。一緒に帰ろう』
そう言ったその人に私は抱き上げられていた。その人の方を見れば、綺麗な蒼の瞳が優しい色を宿し、微笑みを浮かべ私を見ていた。その余りにも綺麗な笑みに私は目が離せなかった。
そして、自然とその人に聞いていた。
「私の事、気持ち悪いって言わないの?」
その人は、一瞬何の事か分からないと言うような表情を浮かべた後、あぁ…と分かったような顔をし、また微笑んだ。
『人と違うだけで俺はそんな事言わないよ。でも、そんな人ばかりじゃないから隠した方が良いかもしれないね』
何でも無い事のように言ったその人の言葉に私はどうしようも無く嬉しくて涙が溢れた。その人にしがみついて泣けばその人は黙って私の頭を撫でてくれた。
その人から薫る桜の香りが酷く懐かしい気がした。
* * *
その人に抱っこされたまま家に戻ると父様が目を見開いて酷く驚いていた。2人の話はよく分からなかったけど、あの人がまだここに居るという事は分かった。
『千鶴ちゃん』
あの人は刹那と呼んで良いと言ったから刹那さんと呼んだ。
刹那さんと遊ぶのが楽しかった。
刹那さんが笑うのが嬉しかった。
刹那さんと一緒に居る事がとても幸せだった。
思えば初めて刹那さんの微笑を見た時から私はどうしようも無く刹那さんに惹かれていたのかもしれない。
でも刹那さんは女の人だった。叶わないと知ってしまった。けれど、想いは変わらないまま…
「お姉ちゃん」
『何?千鶴』
私は自分で線を引いた。父様がまるで姉妹のようだと言った日、私は刹那さんをお姉ちゃんと呼ぶようになった。刹那さんは私を千鶴と呼ぶようになった。
姉妹…これが私が引いた線。ずっと側に居たいから作った私の境界線。
だって、どんなに考えてもどんなに悲しくても、出逢わなければ良かったとはどうしても思えなかったから、だから私は刹那さんの側に居る為に名で呼ぶことを止めた。
他の人に刹那さんの話をする時も気を付けて、想いを胸の奥にしまった。
刹那が私の名を呼ぶ、
『千鶴』
それだけで良い。
「はい!」
笑う刹那が愛しくて大好きだから私はそれで良い。
『千鶴はどうしたいの?』
「父様を探しに行きたい」
いつも私の意志を聞いてくれる刹那…
『じゃあ、一緒においで。探しに行こう』
私は刹那と一緒に江戸を出て、父様を探す為京の都に向かった。
刹那の優しさは私に与えられるものだけ特別だと父様は言った。
私は刹那の綺麗な横顔を見て、心の中で問い掛けた。
自惚れても良いですか?
(私は刹那にとって"特別"だって)(思っても、)
(良いんですか?)
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