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「駄目です!」
キッと目に涙を溜めて近藤さん達を睨みながらそう言う咲ちゃん。
そんな咲ちゃんに睨まれ困りまくる近藤さん。
眉間の皺を更に深くする土方さん。
おそらく近藤さんを困らせている事に怒っているのだろう笑っているのに目が笑っていない宗次郎。
そんなみんなを見ながら無表情な私(どんな顔すれば良いか分からなかったから)。
私は一つ問いたい。
(なんだこの展開)
こうなったのは数刻前───
* * *
「蒼君は女子だったのか…」
女だと知ってオロオロする近藤さんを見て、やっぱり気付いて無かったのか…と溜め息を吐く土方さん。
(やっぱり天然なんだな、近藤さん…頑張れ土方さん、これからもっと大変な事ばかりだろうから)
私は他人事のようにそんな事を思いつつも、性別をなんかどうでも良い的な事を言い宥めて、今までお世話になっていたから吉田屋の夫婦に挨拶に行く旨を伝えると、
「ならば、挨拶に行かねば!」
と近藤さんが同行すると言い、
「かっちゃんだけじゃ心配だからな…俺も行こう」
と土方さんが言い、
「近藤さんが行くなら僕も行きますよ」
と言う感じで4人で甘味処に向かったのだ。(嫁に下さいと挨拶に行くみたいで微妙な気持ちになった)
* * *
「蒼君が居なくなったら寂しくなるわねぇ」
事情を話すと見ているこっちが和む程に穏やかな感じが印象的な文月さんと、
「何時でも遊びにおいで」
文月さんに続いて、糸目を更に細め倖秀(ユキヒデ)さんが笑みを浮かべながらそう言った。2人は吉田屋の吉田夫婦。
『では、時間がある時にお手伝いに来ても良いでしょうか?』
結局何も恩返し出来て無いし…
「あぁ、それは助かるな。時間がある時で良いから何時でもおいで」
「お手伝いの後は、お茶も用意するから少しゆっくりしていくと良いわ」
年寄りのお喋りに付き合って頂戴と穏やかな微笑を浮かべ言う文月さん。
良い人…!
「お咲は買い出しに行っちゃったから、私から伝えておくよ」
『はい、本当にありがとうございます』
いよいよお別れ的な雰囲気の中…
「ただいま…あれ?父さんお客様?」
咲ちゃんが帰って来た。そして事情を話し冒頭に戻る。
「蒼君を男だらけの道場なんかに放り込むなんて駄目です!」
『咲ちゃん、私は大丈夫だから…』
そう宥めるように言えば「蒼君は黙ってて!」と私の方を見ずに言い、キッと言うよりギッと言う感じ(どんな感じだ)で近藤さんを鋭い眼光で睨みつける咲ちゃん。
背後に般若が見えるよ咲ちゃん…。
若干涙目になってるし近藤さん。土方さんも顔色が…
(ん…?)
『宗次郎君、いつの間に…』
2人の側に居ないと思ったらいつの間にか隣りでお茶を啜っている宗次郎。
「あの人が入って来た時だよ。それと君はつけなくて良いよ」
『あぁ、分かった宗次郎』
そう呼ぶとニッコリと笑う宗次郎。
(なんだこの可愛い生き物…)
「このお茶美味しいね。近藤さんにも入れてあげたい」
「あら、分かる?これはあの店の…」
お茶談義を始めてしまった2人は放置する事にして咲ちゃん達に視線を戻す。
「道場は男ばかりなんですよ!蒼君にいつ危機が迫るか分からないです!女の子1人男の巣窟に放り込むんですか!?
狼の群に肉を放り込むようなものじゃないですか!」
近藤さんに詰め寄る咲ちゃん、近藤さんは既に半泣きだ。近藤さんはそんな咲ちゃんを必死で説得しようとする(涙目だけど)
勇者だ、アンタ。
土方さんも(胃の辺りを押えているが)近藤さんと一緒に説得にあたっている(眉間の皺が増えてる)
すると、ひょっこりと宗次郎が出てきた。あれ?君さっきまで文月さんとお茶の話に花を咲かせてたよね?
「君、さっきから黙ってれば近藤さんに失礼じゃない?」
(さっきまで文月さんとお茶談義してたのに…)
「誰ですか?」
「君こそ何な訳?」
「私は咲です」
「ふうん、そうなんだ。僕は宗次郎。蒼はこっちで暮らすことになったから」
「貴方みたいな人がいると心配です」
「それって失礼じゃない?」
「思ったことを口にしただけです。私正直なので」
「相手への配慮がたりないんじゃない?それだと嫌われるよ」
「貴方みたいな遠慮がない方に言われたくないです」
「だったら聞かなかったらいいじゃない」
火花が散って見えるのは何故だろう。そんな2人の間に果敢にも割って入る近藤さん。アンタ、やっぱり勇者だよ。
「あの、咲さん。蒼君はこちらでちゃんと預かりますので、とりあえず怒りを収めてください」
咲ちゃんの方が年下なのにかなり下手に取り成す近藤さんだけど、咲ちゃんは止まらなかった。
「貴方がそう言っても、この子供がいるかぎり私は心配です」
「だからさ、言葉を選びなよ」
「口出ししないで下さい」
ああ…
もう私は蚊帳の外、巻き込まれずに済んで良かったのか良くないのか…
はぁ…と思わず溜め息が出る。
「大体、なんで君が蒼の事を決めるのさ?蒼が決める事でしょ?」
言葉に詰まる咲ちゃん。宗次郎の言う通りだな…心配しているのは分かる…でも、
『私の意見を聞かないのは頂けないな…』
私自身の事は私が決める、文句なんか言わせない。
「それは…!ムグッ」
『少し黙って、咲ちゃん』
何とか反論しようとする咲ちゃんの口を塞ぐ。そして咲ちゃんの目を見て言葉を続ける。
『咲ちゃん、心配してくれてるのは分かってる。けどね、私自身の事は私が決める事だよ。私はもう決めたの。変える気は無いし、変わる事は無い。分かった?』
そう言うと咲ちゃんは悲しそうに頷いた。口を塞いでいた手を離す。
小さな声だったからか皆には聞こえなかったようだ。
咲ちゃんは近藤さんの方を向いて頭を下げた。
近藤さんが咲ちゃんが近藤さんの方を向いた時ビクッとなったのは見なかった事にしよう…
「失礼な事ばかり言ってすいませんでした。蒼君をお願いします。でも、万が一の事があった場合、呪います」
怖っ!
現代の女の子も怖いけど、この時代の女の子も怖い。あ…近藤さんも必死で頷いてる。
「あら、お話しは終わりましたの?」
『はい、短い間でしたが、いろいろお世話になりました』
「ハハハ、良いんだよ!楽しかったからね」
『そんな風に言って頂けると嬉しいです』
「じゃあ蒼君。うちにも来て下さいね?」
『ああ』
宗次郎君とすれ違うときに互いに睨み合ってたのは見て見ぬ振りだ。
『疲れた……』
「あぁ…情けないが恐ろしかった…」
「…宗次郎、可笑しな真似するなよ」
「わかってるよ」
近藤さんを困らせたくはありませんからと言う宗次郎に苦笑が漏れる。
そうして4人で吉田屋を後にしたのだった。
* * *
帰って行く4人の背を見送りながら咲はポツリと呟いた。
「蒼君一度も相談してくれませんでした。今までも、今回も…、なんで蒼君はあんなに優しいのに誰も信じていないんでしょうか…」
涙を溜めてそう言う咲に倖秀は細い目を更に細め口を開いた。
「蒼君は優しいからこそ誰も信じていないのだろう。例えば、信じていた人に裏切られたとして、お咲はその人を許せるか?
理由は置いといて、許せるか?」
その問いに咲は少し考えて答える。
「許せません…信じていた人に裏切られたら悲しくて、苦しくて、絶対に許せない」
「だろうな。だが、蒼君は裏切られたとしても許せる。信じていないから。信じて貰えないと裏切る事すら出来はしないからだ。
どんなに大事な人であろうと蒼君は信じていないからこそ、裏切られても許せる。
信じていないから裏切られた事にならない」
倖秀の言葉に咲は一拍置いて口を開いた。
「それでも、信じて欲しかったです…」
それが優しさだとしたら悲し過ぎます。と言う咲の頭を撫でて倖秀は、
「彼等なら、蒼君を変えられるかもしれないな…」
あんなにも真直ぐな眼差しをしている彼等なら…
「さぁ、家に入ろう。何時蒼君が来ても良いように綺麗にしておかないとな!」
「…はい!」
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