rincontro(出会い)





―-リィ-――ン―

-リィ――-ン―-





「…ん?」


道を歩いていると近付いては遠のく、不思議な音が聞こえた。


(鈴の音…?)


そっと周囲を見渡しても辺りにはその音を出したであろう鈴は無かった。

チラリと隣りを歩いていた土方さんを見やり問う。


「ねぇ、土方さん何か音しません?」


「音?」


「えぇ、鈴の音です」


そう言うと土方さんは、すっと目を細めた。多分耳を澄しているんだろう。


…リィ───ン




「…聞こえたな」


「空耳じゃ無かったんだ」




-――リィ───ン-―


―-リィ───ン―--

―リィ───ン――-



「……段々と近付いて来やがる」


その音は段々と近付いて来るようだった。お互いに顔を見合わせて周囲を見渡すが何処にも鈴は無く、土方さんの表情が険しくなる。



鳴り続ける音…



―リ───ン―



その時一際大きく鈴の音が鳴り響き…もう一度だけ、消えるか消えないかという僅かな音が鳴り、周囲に溶け込むように聞こえなくなって、止まった。

その時足元に何かが転がってきた。


「これ……?」


それは赤い紐が括りついている一つの銀色の鈴。摘むように紐の先を持つ。その鈴は軽く振っても音は出なかった。


「あれ?鳴らない?」


先程まで聞こえていた鈴の音はこの鈴だと思うのだけれど…
疑問を抱きつつも、鈴が転がってきた方を見やれば人が1人、人込みからいきなり姿を現して目の前に来た。

このままではぶつかる…!
そう分かっているのに何故か身体が動かない。


「…っチッ…、退け宗次郎!」


僕の目前にその人が迫った時、土方さんが慌てて僕の肩を後ろに引いて押し退けた。

勿論、いきなりのことで対処できずに尻餅をつく。

土方さんはそんな僕を気に留めず、その人が足をもつらせ倒れ込んで来た場所、先程まで僕が居た位置にきた。

僕は尻餅を着いたままその人の方を見上げた。


その刹那──────────ほんの…一瞬、一瞬だけ目が合った気がした。


あんなにも近かった距離で交わらなかった視線が一瞬、交わった。


上から見下ろすその人の瞳は瞳は透明感のある漆黒だった。

次の瞬間には倒れ込んで来たその人を土方さんが受け止めていた。















意識が浮上する。


"声"、もとい、自称神(以下略)に逢ってから意識が途切れたのまでは覚えている。


(あれは夢だったのか…?)


だとしたらかなり自分は病んでいる。


(まぁ、それも今更か…)


あれ?デジャウ?意識を失う前もこんな事を思った気がする…


(まぁ…良いか)


冷たい風が真正面から当たるのを感じるし、訳が分からない状況なのは間違い無いのだから…と現状確認の為に閉じていた瞼を開けた。


(絶景…?)





落下中だった。




確実に2階建て家よりは高い位置から落ちている。

身体がやけに軽い。何時もは本の読み過ぎでかなり凝り固まっている肩は痛くないし、寝不足で怠い身体もたっぷり睡眠を取った状態よりも良い。

身体能力向上程度のことはしてあるのだろうが…



いきなりこれは止めて欲しい。切実な願いだった。



心臓にかなり悪い。私じゃなきゃ、きっと寿命が縮まってる。


私はそこら辺は妙に頑丈だが、そんな事を考えながらも冷静を保ったまま。どうせ慌ててもどうにもならないので、その状態で上空から周囲を見渡す。

瓦屋根の造りの建物が立ち並ぶ、しかも長屋まである。今の日本ではあまりない造りだ。

しかし…


落下地点は林だ。


まぁ、町の中にいきなり落ちるよりは良いのだろうが…


『"別世界に"とは願ったが……』


タイムスリッフ゜かよ…


いや、別世界だからトリッフ゜だな…


(ならピスメか、それとも幕末恋華か、いや?bsr…?)


思わず某幕末漫画やケ゛ームや某戦国ケ゛ームを思い浮かべたが今はそれ所じゃないか…と思い出して、
取り敢えず今は着地の事を考えねば…と思った時、下の方に人影が見えた。




「大人しくしな!」

「イヤッ!!誰か、誰か助けて!誰かーー!!」


悪役っぽい台詞を吐く如何にも悪ですみたいな汚ならしいオッサン共が、目茶目茶可愛い美少女を襲っていた。


(…このまま行くと着地地点あの下衆の上だな。良し、踵に体重乗せて踏みつぶそう!)


自分の中でオッサン共から下衆に格下げされた奴等の上に私は踵に体重を乗せて着地する事を即座に決めた。


だって美人さんは世界の宝、可愛いは正義。


そして、私は自然と弧を描く口元に気付いて、余計に笑いそうになった。


(さて、あんた達、私を恨むなよ?恨むならあの自称神を恨んでくれ、そして呪うなら、こんな所で可愛い少女を襲った自分の不幸を呪え)


自称神(以下略)に対するちょーっとした苛つきを、この下衆共で晴らすことに決めて、私はその世界に降り立った。


その時漸く落ちて来る自分に気付き惚けた面をした下衆共の顔はかなり笑えた。









「蒼さーん!」

『はぁーい!』



それから数日。

私は早くもこの世界に馴染んで居た。


「蒼さん!今日はお休みですからゆっくり過ごして下さいね?いつも良く働いて下さってますし…」

『ん?気にしないで下さい。私は住ませて頂いている身ですから、これくらい当然ですよ』


そう言えば咲ちゃんはそんな事無いです!と頬を膨らませた。


…可愛い。


それを些か緩んだ顔で見つめながら、この世界での初日を思い出していた。





あの時、着地の時に踏み付けた下衆は気絶し、まだ居た奴等からは持っていた金等を奪い気絶させ、そこら辺にあった太い蔦で縛った後、袖を引かれ振り返ると、震えていた少女が助けてくれた礼をと言った。

断ったものの、断った時に泣きそうな顔をされ半ば強制的にその少女に連れられて来たのは甘味処。


少女の名は咲ちゃん。


行く宛が無いと分かると咲ちゃんに引き止められ、咲ちゃんのご両親も良い人で、此処に住むよう言われ、あっという間にそこに住む事になった。

一応断ったのだが…また咲ちゃんが泣きそうな顔をしたのだ。

その後咲ちゃんとは敬語無しで話しているが、仕事中はやはり公私を分ける意味もあって敬語だ。

仕事と言うのは、やっぱり何もしないのは駄目だろうと思い用心棒のような事や注文を取る等の仕事。


しかもお給料まで頂いて。


下衆共を役所に届けた時お金が手に入ったのでそれで日用品は手に入った。


その後もそこらに居るごろつきや、食い逃げを捕まえ役所に届けてはお金を貰っている(何度も行くもんだから最近では色を付けてくれる)



そんな事を繰り返されてかなり有意義にこの世界を満喫している。



この世界については大体分かった。今は1857年である事、此処は江戸の日野辺りである事…つまり、幕末の江戸だ。

なら、ピスメか幕末恋華かと思ったが、違う気がする。

まぁ、そんな事はどうでも良い。

兎に角、手に入ったお金で刀や苦無等を購入して武器も手に入れた。


(これから、どうするか…)


そんな風に考えながら歩いていると、



…リィ───ン



高い音を鳴らして懐から鈴が落ちた。


あれはこの世界に降り立った時からずっとあった鈴だ。

この世界に来る瞬間も鈴の音が聞こえたからあの鈴が鍵となっているんだろう。


(あれを無くすのは不味いな…)


そう思い、慌てて転がった鈴を追う。







そして、


「あれ?鳴らない?」


鈴を音を頼りに、人込みを掻き分け飛び出した。

そこには、あの鈴を持っている少年の姿が目の前にあった。

このままではぶつかるとは分かっているが、体勢が崩れていて立て直すことも避けることも不可能。

痛みを覚悟した時、


「…っチッ…、退け宗次郎!」


その時、隣りに居た男が声を慌ててその少年の肩を掴み引いて押し退けた。

少年が尻餅を着く。

その一瞬、土に腰が抜けた風に座り込む翡翠色の瞳の青年と目が合った気がした。


次の瞬間には少年を押し退けた男に受け止められていた。


そして私はその2人の顔に、何処の世界に来たのか悟った。










(幕末、江戸、それに宗次郎)

(翡翠色の瞳)

(あぁ…自称神、)

(今始めてあんたに感謝したよ)



(この世界なら楽しめる)




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