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麗らかな日差しが差し込む朝。朝餉も食べ終え、日向ぼっこをしながら今日は何をしようか考えている時だった。


「蒼君、お願いがあるんです」

『お願い?』



 * * * 



そう山南さんと話してから…私は今、町へ続く道を歩いていた。


「はい。ミツさんとツネさんから食料をと…私も墨が切れてしまいまして。
私が自分で行こうかと思っていたのですが、生憎用事があったもので…頼まれてくれますか?」



そんな風に、本当に申し訳無さそうに言われて二つ返事で試衛館を出たのはついさっき。


そう…[頼まれ事]とは、所謂お使いである。


 * * * 



この世界に来てから大分日が経ち、こっちでの生活にも不自由なく過ごせて少しずつ馴染んでいた。

最近では、こちらでの生活の方が性に合っているんじゃないかとも思うこともある。

そう思った瞬間、中学校時代の野外活動で民宿に泊まった時の思い出が甦る。

ちょっと調べていた山菜があり、採ってみたり、色々やっていたら、「ここに住めば?」と教師や友人達に口を揃えて言われた記憶が脳裏を過ぎる。

…もっとマシな思い出は無いのか私。まぁ、今はソレは置いておこう。

私が暮らしていたあの世界は、便利すぎた。
技術だのハイテクだのが発展していくのは別に構わないが、その代わりに昔の余韻を残すモノが減っていく。

例えば、ご飯を作ったりする釜。現代では炊飯器が登場して、付きっきりで厨房に立たなくても済むようになった。

全く釜が無くなったわけではないだろうが、もうあまり見かけないだろう。野外活動で薪を燃やして炊いたご飯は、とても美味しかった。

古き良き時代のものが消えていく、消えていってしまう。

そうして何時しか忘れ去られる。

勿論、彼等は新しいものを創ろうとしただけで、古いものを壊そうとした訳では無い事は分かっている。

だが…


『便利過ぎるのも楽ではあるが、割には合わないな…』


さて、感傷に浸るのはこれくらいにして早々にお使いを終わらせよう。

そう思い、足早に歩を進めると…だんだんと前方に人混みが見えてきた。

頼まれたのは自給自足のために欠かせないものばかり。

特に新八辺りにとっては正に死活問題になり兼ねない食料だ。
ちらほらと店で客の出入りが多くなってきた。
混む前に買い揃えなければ…そう思い足を速めた時見えたのは見慣れた小さな姿。


「──蒼お姉ちゃん?」

『…千鶴』


ばったりと、千鶴と会った。

そう言えば、時々話には聞かせているが、まだ試衛館の皆と千鶴は直接的な接触は無いな…
原作は少し変わってしまうが、此処で接点を作っておくか。
元々原作通りに皆を死なせるつもりなど更々無いのだから。


「蒼お姉ちゃん!」


笑顔で駆け寄って来て、ヒシッと引っ付いて来る千鶴の頭を撫でる。


『久しぶりだな、千鶴。お使いか?』

「はい!父さまに頼まれたんです」

『じゃあ、私とお揃いだ。折角だから、一緒に回ろうか?』


小さな女の子がひとりで町に出るのも危ないだろうと思い、そう言うと…パアァッと効果音がつきそうなくらいの笑顔で嬉しそうに頷く千鶴。

…うん。可愛い。とても可愛い。すっごく可愛い。
誰だ、こんな可愛い生き物を1人にした奴は。
駄目だ…こんな可愛い子を1人にしたら可愛い千鶴に悪い虫が付く。

と、いうことで二人で買い物をすることに。


 * * * 



『──終わったか。千鶴は、買うものは、もう無いか?』

「私も全部買いました!」

『そうか』


じゃあ、帰ろうかと私は千鶴の手を引いて歩きだす。
千鶴の家と私も住まわせてもらっている試衛館は案外、近い場所にあるから帰り道は大体同じだ。

楽しそうに石段を駆け上がる千鶴に転ばないようにと注意しようとして……


「きゃっ!?」

『……!』


遅かった。小さな身体が宙に投げ出される───。

私は荷物を放り投げ、咄嗟に地を蹴った刹那、千鶴の落ちて来るだろう場所に移動する。
伸ばした腕の中にぽすっと千鶴が収まった。


『怪我は無いか?千鶴』

「だ、大丈夫。ありがとうございます」


私は、無意識の内に止めていた息を、肺の中が空になるまで吐き出した。

…心臓が止まるかと思った。


『なら、良かった。今度からは気を付けなさい』

「はい……」


石段に降ろして今度は転ばないように手を繋ぐ。

だが、千鶴の歩き方がおかしい。
…もしや、と思いしゅんと俯く千鶴をさっと抱き上げると足首が赤くなっていた。
…どうやら、捻っていたようだ。
此処からなら、少しの違いだが試衛館の方が近い。そこで早く冷やしてやらなくては、と階段を上がろうとする。


『……』


何か忘れている様な…
両腕にかかる重さと言えばいいだろうか。


『あ…』


頼まれた買い物の荷物だ。放り投げたまま回収していない。
千鶴を抱えたまま踵を返し、荷物が散らばっているであろう場所を見る。


『……無い?』


どこにも、それらしき影すら、無い。
一体何処に放り投げてしまったのだろうか…?


「───捜し物はこれか?」


両手に荷物を持ってこちらに歩み寄って来たのは、背に槍を担ぎ赤髪で長身の男。
見覚えの有り過ぎる顔立ちに驚く。まさか…こんな所で出くわすとはな……、





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