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あれからもう三日経った。

楽しい時間が早く過ぎるというのは極論だと思う。少なくとも、私は楽しい時間も悲しみに満ちた時間も等しく同じだと思う。楽しければもっと楽しくしようとするし、辛ければどうすれば辛く無くなるか考える。

結局、何かをしようと幸せになろうと人は考えながら生きている。

時の流れを早く感じるのはその人の感じ方の違いでしか無いのだろう。少なくとも私は薫と過ごした日々が早く過ぎてしまったとは思わない。

今日で三日目だ。薫に別れを伝えよう。

また、あの場所に向かう。



― 蒼、刻は夕暮れ時までだ ―

『分かっている』



外に出ると屋敷が霧散した。まさか、建てるときはこの逆だったりするのか…?
まあ、どうでもいい事だろう…気にしたら負けという言葉が浮かんで、消えた。



 * * * 




何時もの場所に着くとまだ薫は来ていなかった。暫くすれば来るだろうと木に背を預けて座る。何気無くそのまま辺りを見渡した。

今まで意識してはいなかったが、薫と出逢った場所は木々に覆われ、意識して探さなければ見つからないような場所にあった。此所はきっと薫の秘密の場所だったのだろう。よく見れば、子供くらいならば隠れられそうな場所がそこら中にある。

辺りを見渡して、フッと胸に感慨深い想いが湧く。例えるなら、学校の卒業式の時と同じような…



(そんなに長く居た場所では無いのだけれどな…)



こういうものには時間はあまり関係無いのか、それとも、



(やはり薫と出逢い、過ごした場所だから、か?)



私は基本的にそういった卒業式のようなものでは泣かなかった。同級生や後輩達が泣くのを見て、一人笑っていたのは今も覚えている。

何故なら私は新しい道に歩みを進めただけであり、これが永遠の別れとなる訳では無いから…
例え、何年も会えなくなったとしても、会いたいと思うなら会える自信があったし、縁があるならば否応でも遭う事となると持論だが、思っていた。

薫とは別れたとしても必ずまた会える。今は一時の別れを惜しむつもりなど無い。何時も通り、遊んで、笑って、最後は笑顔で“さよなら”では無く“また”という再会の約束をすれば良いだけ。



「蒼さん!」



思考の海に沈んでいるとどうやら薫が来たらしい。小さな姿が遠くから駆けて来るのが見える。
恒例となりつつある飛び付いて来る薫を受け止めて、頭を撫でる。
すると照れ臭そうに、けれど嬉しそうにはにかむ薫。そんな薫の笑顔を見ると自然と自分が笑みを浮かべているのが分かる。

最初の頃よりも薫はこういった年相応な表情や仕草が増え、よく笑うようになった。それが嬉しくかった。



『今日は何をしようか?』

「う〜んと、じゃあ…」



何時ものように薫と過ごす。薫が雪村の里の皆の話をしてくれる。優しい母、逞しい父、大切な妹、何時も笑顔で溢れていた里の人達(鬼達か?)

それは暖かで優しい記憶。

薫の話を聞く度に思う、千鶴が里の事を忘れてしまったという事実。何とも悲しい話だが、ある意味幸せかもしれない。

そんな優しい記憶が、里を滅ぼされた時の情景と重なって見えたら、きっと、千鶴の心は壊れてしまう。

そんな所に薫との違いを見た気がした。



 * * * 




─ 蒼、時間だ ─



タキオミが内から伝えてくる。
気づけば空は茜色、太陽の半分が沈もうとしていた



『───薫』

「なぁに?蒼さん」



私にしがみついていた薫に声を掛ける。子供は敏感だ。私の声から何か察したのだろう。

しがみつく力を強めて私を真剣な、けれど不安気な色を宿した瞳で見上げた。



『私は以前、出逢いがあれば別れもあると言ったが、覚えているか?』

「………っ…うん」



薫は一瞬目を丸くして、すぐ小さく頷いた。私はすっと目を細める。



『今日、私は此処を離れる』

「行っちゃうの…?」



そう言えば薫は目を見開いて、私の事をジッと見つめた。その瞳に絶望にも似た縋り着くような色を見つけて、ぐっと辛いのを、泣きそうなのを堪えて、縋るように延ばしてきた手を取る。



『悲しむことはない。いずれ、巡り会う。──巡り会わなければ…』



巡り逢うということはもう決まった事。私と薫の間にある縁は、今は切れる事は無い。だから必ず巡り逢う。

小さな体を抱き寄せて頭をぽんぽんと優しく叩く。



「ぼく、つよくなるから、蒼さんと同じくらい、強く…」

『そうか。ならば、待っているとしよう』

「じゃあ、これ持ってて」



渡されたのは折り鶴。



「約束のあかしだよ。破ったら駄目なんだからね…」



一生懸命、自分の思いを言葉で伝えようとする薫に頷いて、それを受け取り懐に仕舞った。

彼の背を抱く両手が透けて着物が見えた。

───時間がない…、



『薫』

「……っ…」



体を離して薫と目を合わせる。どうやら、彼は彼なりに別れを受け入れていたようだ。



『またな、薫』



最後に薫の額に自分のそれを当てて微笑んだ。離した瞬間、視界が真っ暗になった。

最後に見た薫の千鶴と同じ色の瞳からは、悲しみは消えていて、その唇が“またね”と動いたのが分かった。



 * * * 




『夢殿、か』

─ 元の世界では、人の時間で言えばもうすぐ夜が明ける ─

『そうか』



視界が、歪む。

といっても周りは暗くてはっきりしないのだが、感覚的にそう感じた。

一瞬、意識が遠退いて、またすぐ何かに引き上げられる感覚と共に浮上する。閉じていた瞼をゆっくりと開ければ見慣れた天井が見えた。



『戻って、きたのか』



暦を見れば別世界へと渡った日の翌日。



『──……あ』



浴衣の合わせ目から落ちた折り鶴…、夢ではないと分かっていたのだが、これを見ると妙な現実感が湧く。



『……今日は、どう過ごそうか』



敬助さんから学を教えてもらって、宗次郎と一緒にトシさんに悪戯をして……



『──薫』



私たちは、また会える。昇る朝日を見ながら、そう呟いた。



 * * * 




蒼さんが消えた…、茜色に染まる空が透けていく蒼さんの身体越しに見えた。どんどん透けていく蒼さんに、またねと慌てて返せば、蒼さんが微笑った気がした。

次の瞬間には蒼さんは消えていた。

夢を見ていたかのように、そこには最初から誰も居なかったかのように、蒼さんは居なくなった。

残された温もりと、残り香が確かに此処に蒼さんが居た事を教えてくれた。


僕は、唯泣くことしか出来なかった───・・・・・・





(強くなると誓った日、)
(もう泣かないから、今だけは…)


(あ…敬助さん、おはようございます)



おまけ

(蒼君)

(敬助さん)

(珍しいですね。君が此の時間に起きてくるなんて、何時もはもっと早いのに)

(ちょっと、寝過ごしてしまったので…起こしに来て下さったんですか?)

(はい。どうやら少し遅かったようですね)

(??)

((もう少し早く来れば貴女の寝顔が見れましたからね…)何でもありませんよ。それより、おはようございます蒼君)

(…おはようございます敬助さん)


((こうして、貴女と一番に言葉を交わす事が出来ましたし、ね))


その日の山南さんは優しかったです。




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