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 * * * 



蒼さんと別れ、南雲の自室に戻る。今日は運良く【仕事】は無かった。


蒼さんの言葉が蘇る。

“永遠の別れでは無い、必ず巡り逢う、いや…巡り遭ってしまうもの”

“必然”


難しい事はよく分からない。ただ、あの凛とした人に初めて逢った時から胸の奥の痛みと、息苦しさが無くなった。
南雲の【仕事】も義母上の言葉も、またあの人、蒼さんに逢えるというだけで、楽になった。

あの人はあまり笑わないけど、蒼さんの眼差しはとても優しくて温かいから…、蒼さんなら、此処から連れ出してくれるかもしれないと思って言って見た。駄目だったけれど、不思議と悲しさは無い。勿論、残念な気持ちではある。でも、何となく、蒼さんならそう答える気がしてた。

蒼さんは誰であろうと、そうするだろう。

蒼さんは優しいけれど、決して甘くないから。

蒼さんは僕の父上や母上、里の皆を殺した【人間】と同じ人間だ。でも、蒼さんはあの人間達とは違う。凪いだような眼差しは、冷たい訳じゃなくて、とても優しい事を僕は知っている。

蒼さんの、あの抱き上げてくれた腕が、頭を撫でてくれた手が、全部がとても暖かくて、初めて逢った時に言われた声が、言ってる事に反してとても優しくて、蒼さんと一緒に居たいと思った。

この優しくて暖かい人の隣りに立ちたかった。

出逢った場所に行くと、静かな足取りで蒼さんが歩いて来ていた。

木々の間から入る光に漆黒の髪が反射して、闇の色なのにまるで、光の様で…、蒼さんのその瞳に───強さ、を感じた。


何者にも折れない強さ。

でも、その存在が強く見えるのと同じくらい儚く見えて、光に融けてしまいそうで、抱き着いてしまった。

何時か来る別れは悲しいけど、あの人の隣りに居る為には、今のままじゃ駄目だと思った。

この日、僕は強くなる事を誓った。

蒼さんに貰った飴が夕焼けの光に反射して、キラキラと輝いていた。



 * * * 




屋敷に戻り、居間に座り込む。



『タキオミ』

「どうした?」



呼び掛ければ実体化したタキオミが現れる。



『“此処”には何時まで居られる?』



静かにタキオミに問う。



「蒼が望むならば何時まででも…と言いたい所だがな、後三日間だ。三日を過ぎれば一度蒼には目覚めて貰う」



タキオミは、難しい表情でそう言った。



『一度、という事はもう一度来れるのか?』

「無論、蒼が望むならば」

『分かった。ありがとうな、タキオミ』

「蒼は我の主だ、気にするな。遠慮などせずにどんどん命じろ、望め、我は蒼の為に最善を尽くそう」



そんなタキオミの言葉に蒼は苦笑いで答えた。



『うん…分かった。じゃあ、今日も夕餉の準備を手伝ってくれ。一緒に食べよう』

「……分かった。まったく、蒼は本当に欲が無いな」



蒼の要望に呆れたようにそう言うタキオミ。



『無くは無いんだけどな…ま、無くとも困らんさ。さ、直ぐに準備するぞ、今日は何を作るかな…』



蒼は、話を逸すとタキオミに背を向けて厨(くりや:台所)に向かう。その背を見つめながらタキオミは目を伏せた。



(その欲の無さが、そういうものだけで無く、自分の命にすら無いのは困りものだがな…)



タキオミは自らの意志で守りたいと思った少女の約三ヵ月の中で知ってしまった性格と、先のことを考えて、一つ溜め息を吐き、蒼の背を追った。

蒼は自分の命よりも、他人を優先する。しかも、自覚が薄いとはいえあるのだから質が悪い。少しでも自覚があるならば止めて貰いたいものだ。



(我が守らねば…)



決意を新たにするタキオミであった。





(貴女だけが、僕の光となっていた)


(今日は鯖の味噌ににするか)

(そなたは優し過ぎる)



(そんなお前が、)
(そんな貴女が、)

((愛しくて…))




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