12
意識が浮上して最初に見たのは見慣れない天井、見慣れない家具。昨日の出逢いを思い出す。
(今日また会いに行くと約束をしていたな…)
顔を洗う為身体を起こし、立ち上がると…
─ 鬼の子に会いに行くのだろう? ─
『……ああ』
タキオミが話し掛けて来た。それに短く答え、支度を済ませ、タキオミの用意していた屋敷を出る。
(大きいな…)
改めてタキオミが用意した邸を見上げる。タキオミが用意していた屋敷は、兎に角でかかった。
見た目は「和」という感じの日本屋敷なのだが、中は洋風…というか現代風だった。水道はあるし、コンロはあるし、風呂も現代のようにシャワーが付いていた(竹製)
しかも御丁寧に環境に影響は無いとタキオミの書き置きが付けられていた。
神って何でも有りなのか…?
と思いつつもまぁ、良いかと久し振りに楽に食事を用意した(タキオミが手伝ってくれて、一緒に夕餉を食べた)因みに寝床は畳にベットだった。
そんな風に回想に浸っていると…
「蒼さん!」
と薫の気配が近付いて来たかと思ったら薫が飛び付いて来た。
『おはよう、薫』
「おはよう!来てくれたんだ!」
『勿論、私から約束したのだからな』
そう言って、腹の辺りにくっついている薫の脇に手を入れて抱き上げる。すると、一瞬驚いたようだが、すぐ笑顔になり、私の首に手を回してしがみついてきた。
その子供らしい笑みと仕草に自然と頬の筋肉が緩む。そのまま樹の根本に腰を下ろす。
そして、昨日の内に作って置いた飴を渡すと、とても嬉しそうに一つ、口に含んだ。
そんな様子を見つめながら思う。【雪村 薫】後にあの闇に染まった【南雲 薫】となる少年、千鶴の双子の兄。
雪村の里は【人間】に滅ぼされた。薫はその時の事を千鶴とは違い覚えているとゲームの印象では思っていた。だから【人間】である私を敵視するかと思っていた。
まだ幼いからそんな風に考えていない、という訳では無い筈だ。
幼いからこそ何かに、それこそ憎しみなどには特に染まり易い。純粋な心の力は強く、それが負の感情で使われれば、それは凶器となる。
多少なりとも薫の心に、あの時の記憶は【陰】を落としている筈だ。そして、今の【南雲】での扱いで、その【陰】はいずれ【闇】へと成長してしまうだろう。
そう、それが憎しみに染まり、歪んだ想いで妹、千鶴が幸せになる事を良しとしない兄【南雲 薫】なのだろう。
そんな事を考えながら口を開いた薫の話に耳を傾ける。
「それでね…」
話の内容は主に村での思い出、覚えてる限りの記憶を身振り手振りで話してくれた。中には千鶴との出来事もあった。
その時の薫はとても嬉しそうで、未来でこの子が千鶴に刃を向けるように見えなかった。
やはり薫は【闇】に染まってはいけない。
「蒼さん?」
聞いてる?と目で聞いてくる薫が可愛くて、思わず頭を撫でた。
「うわっ」
『ちゃんと聞いてるさ、薫が千鶴に折り鶴を作って見せたんだろう?』
「うん!そしたら千鶴、すごいって言って───」
私にはどうにも出来ない事だが、千鶴が薫を覚えていないのが哀しい。
これも、定めなのか…
* * *
『陽が、暮れてきたな』
空が徐々に茜色に変わっていく様は現代に比べると、とても綺麗だ。
現代は汚れているからな…自然も、空気も、人の心も。
「早いね、時間が経つの…」
『早くなど無いさ。時は等しく同じように過ぎるものだ。それに、私が“此処”にいる間は、いつでも会える』
何時まで居られるか迄は知らないが…、そう言えば、試衛館はどうしているのだろうか?
(私が起きないと混乱しているのだろうか…)
─ それはない。あちらとこちらでは時間の流れが違う ─
…本当に何でも有りだな。
『薫、またな』
「───っ…待って!!」
薫に背を向けて歩きだそうとすると、彼が抱きついてきた。突然の行動に私は一瞬驚いたものの、体のバランスは崩れない。変な所でこの身体の身体能力の高さを思い知る。薫が飛び付いて来る手前で既に身体が薫を受け止める動作に入っていた。
(此では枷も意味が無いな…)
そんな自身に内心焦りつつも抱き着いている薫に問う。
『どうした?』
「えっ、いや、あの…」
自分でもどうしてこんな事をしたのか分からず混乱しているらしい薫。
何が言いたいのか、大体の見当はついてはいるのだが…私が言ってしまっては意味が無いだろう。
「……っ」
『薫…』
言葉に詰まっている薫を優しい声音になるよう気をつけながら促す。
「僕を…連れてってくれませんか?」
予想はついていた。…が、実際に言われるのと、ではやはり勝手が違う。どう答えるべきか、…それは考えるまでも無く決まっている事だが、やはり戸惑ってしまう。
『薫、私はいずれ此処を離れる。その時お前を連れて行くこともできる』
“それでは未来が変わってしまう”なんて言葉を言う訳にもいかず飲み込む。それに、千鶴が自分の血を分けた兄が居たことをずっと忘れたままでいる事になるかもしれない。
そして、それはやってはならないと思う。
それに血の繋がりを持つ者で“薫”という存在を知るものがいなくなってしまう。千鶴にとっても、薫にとっても、唯一の血の繋がりがある【家族】それの絆を私の独断で断ち切ってはならない。
『[会者定離]会う者は必ず別れる運命にある。
出逢いもあれば、別れもあるのは必然。しかし、それが永遠の別れでは無い。私達が世界に存在していれば、自ずと巡り会える…いや、巡り遭ってしまうものだ。
だからお前は連れて行く事は出来ないが、』
また縁があれば、いや、もう縁はあるのだから逢える──
そう言って言葉を区切る。
(薫、お前は自らの存在価値を否定されてきた。他人の評価は自分が決めているように、自分の評価は他人が決めている。だがな、そんな事をお前は気にするな。お前は自分を誇れ、私は、少なくともお前を否定したりなんかしない)
お前が、お前の価値を認めてくれる奴はきっと、私だけじゃない。世界には沢山いる。自分を見限るな、お前が自分の価値を見つけることが出来るまで、私はお前の側に居る。
『また、明日だ。此処を離れるまでは薫と共にいる。───もう帰るといい』
嫌そうにする薫の背を優しく押し二、三歩進んで振り向いた彼に手を振る。
約束だという、意味を込めて。
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