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* * *
暫くして泣きやんだ薫は、そっと私から少し離れた…が、羽織りの端を握ったままだ。そんな様子に驚いたが、笑みが漏れる。子供とは本来こういうものだ…
『もう、大丈夫だな…』
「うん…」
そう言って俯く薫の頭を撫でる。
───その時、
「薫!!」
女の人の怒鳴り声が響いた。呼ばれた瞬間、薫はビクリッと体を振るわせて女の人を見た。
『……』
立ち上がって薫の隣に立つ。
「薫、どこに行っていたの!?あなたにはやってもらわなきゃならない仕事が山ほどあるのよ!!」
「義母上……」
何となく状況を把握した。どうやら此処は南雲家の敷地内か、近くの森。引き取られた後の世界に来たという事か…
薫はひたすら口を噤んで黙っていた。
「全く、何にもできないんだから。挙げ句には知らない…しかも人間を連れ込んで……」
「────っ」
無意識だろう。薫は私の着物を手が真っ白になるほど握った。
「──あなたが女だったら、千鶴様だったら良かったのに」
薫の顔が更に歪んだ。その瞳は哀しみ、絶望、嫉妬、羨望様々な感情が渦巻き、満ちていた。
(こんな表情、この子にさせてはいけない…)
私は私の袴を握る薫の手を取って背に隠すように引いた。その手は小刻みに震えていた。
『お話の最中失礼する。勝手に敷地内に入ってしまった事に関しては詫びよう、すまなかった』
そう言って軽く頭を下げ、言葉を続ける。
『通りすがりの私が言うのも失礼だとは重々承知しているが、申し上げたい、──子に対してその言い方は余りにも酷く無いか?』
瞬間、女の人から物凄い眼光を向けられた。
「人間であるあなたに言われる筋合いはありません」
(多分)南雲の奥さんは【自分は人間じゃないと暴露】しているような言葉を放ってきた。
「さあ、薫。その人間を追い出したら仕事をしてちょうだい」
踵を返して屋敷に戻っていった南雲妻。
私が言うことでは無いが…貴様のような輩に薫の名を呼んでほしくない。
『…………薫』
「なに……?」
『薫は、此処に居たいのか?』
「ここでしか暮らせない……」
これも運命なのか……、だとしたら、私は、そんな運命を少しでも変えてやろう。
「あの、蒼……さん」
薫が迷いながらも名を呼んでくれたことに、私は嬉しくなる。
『どうした?』
「これからどうするの?」
言われて、少し逡巡する。宛がない…
さて、どうするか。
今の光景を見た以上、南雲家に居候はしたくない。(先ず人間を家に入れるとは思えないが…)
野宿は危険だが、まぁ、大丈夫だろう。
けれど…面倒だ
『困ったな』
ん…?
あぁ…何とかなるじゃないか。
(──タキオミ)
─ 案ずるな、その事については蒼を飛ばす時に用意した屋敷がある ─
用意が良いな…まぁ、良いか。
『薫、今日は行かなくてはならないが、また明日な』
「行ってしまうの?」
『明日、またこの場所に来る』
「分かった」
南雲が嫌なんだろう。帰ったら、直ぐさま暴力を、いや…暴力で無くとも、心無い言葉を浴びせられてしまうのではないかと心配だが、私にはどうしようも無い。
『…共に居ようか?』
「ううん、耐えられるから、いままでもそうだった」
俯いて声を震わせる薫。だがすぐ顔を上げて
「また明日!」
子供らしいの笑顔を見せてくれた。
軽く胸を撫で下ろす。
薫は屋敷に戻っていった。私も南雲家の敷地内から出る。
─ 蒼よ ─
『何だ?タキオミ』
─ あの鬼の子を、どうするつもりだ ─
『どうもしない。だが、薫が憎しみに染まらぬよう最善は尽くす。薫に闇は似合わない』
薫にはきっと光が似合う。千鶴と同じ、優しい光に包まれて薫は生きるべきだ。
南雲への憎悪が、千鶴に向かぬように、歪んでしまわぬように、薫に私が与えよう、愛情を。子供とは愛情を注がれ育てられるものなのだから。
私は夜も更けた暗い道を歩いた。
* * *
遠くなるその背を見送る。
『泣いて良いんだ』
『泣きなさい』
言葉はぶっきらぼうだけど、優しい人。引っ張る手の強さは自分を気遣っていて、自分の身体を抱き締める腕は何処までも優しかった。
その温かい優しさと言葉に、涙が堪えられなかった。
父も母も、ちづるも、里の皆も、誰も居なくて、悲しくて、苦しくて…、久し振りに温もりに包まれて、嬉しかった。
自分を見てくれた。
自分を認めてくれた。
南雲に来てからずっと否定されてきた自分を…、
あの人を知りたい。
あの人と一緒に居たい。
抱き締めて欲しい、撫でて欲しい。
あの優しい微笑を自分に向けて欲しい。
その日、どんなに辛く当たられても、明日またあの人に会えると思えば苦しさが減った。
─涙色の日、君と巡り逢えた─
(感じたのは貴女の大きな優しさと、残酷なまでの温かさでした)
(また、あの人に会える…)
(屋敷でか過ぎないか…?)
(このくらいが普通だろう。蒼は我の契約者なのだぞ?)
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