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* * *
『…泣いて、いたのか?』
取り敢えず、目の前で目を見開き固まっている少年に話し掛ける。ついでに目元の涙もそっと手で拭ってやる。
すると少年はハッとし、袖口で乱暴に目元を擦るその手をやんわりと抑え、
『あまり擦るな、赤くなってしまう』
静かに諭すと、少年はコクリと頷いた。それを見て、そっと手を離す。
「あの、今どこから……」
少年は心底不思議そうに呟いた。突然、何の前触れもなく見ず知らずの人間が現れれば驚くのも道理。しかし、説明のしようが無いので誤魔化す事にした。
『それは、君が見ていただろう?』
そう言えば、少し不思議そうな顔をしたが、納得したようだ。
「じゃあ、お姉さんは誰?」
「お姉さん」か…まぁ、今は髪を下ろして緩く一つの三つ編みにしているし、寝る時の浴衣に羽織りしか身に付けていないからな。
『私は時環 蒼という者だ。───少年、君の名は?』
「…ゆきむら、かおる。今は“なぐも”だけど」
そう言ってまた泣きそうな表情になる。
──雪村薫、「やはりそうか」と心の中で呟く。
("この世界だが少し違う"とはこういう意味か…)
─ 半分当たり、という所だな ─
その時、タキオミが話し掛けて来た。本当に私の中にいるらしい。
(半分?)
─ これは蒼の夢を通しての“渡り”だからな、蒼の身体は「試衛館」と言ったか、そこに在る ─
(私の身体はちゃんと在るようだが…)
─ それは我の力だ。簡単に言えば仮の肉体に蒼の精神を入れた状態だ。 ─
(そんな事も出来るのか…凄いな)
─ この程度の事、我で無くとも可能だ ─
そんな風に言ってはいるが、その声は何処か自慢気だ。どうやら嬉しかったらしい。
…タキオミってこういう奴だったんだ。
…今はそんな事を考えている場合では無いかと思考を切り換える。
(それにしても…)
薫を不審じゃない程度に眺める。さすが双子、目元から輪郭までそっくりだ。違うところを探せという方が難しいだろう。
まぁ、袴を履いているし、髪の長さが微妙に違うから見分けはつくだろう。
グッと涙を堪えている薫は少しも自分を警戒していないようだ。そんな所に千鶴と似通ったものを感じる。
そして、見るからに幼いこの子に不審だとは思われていないことに、少なからず安堵した。
その、今にも泣き出してしまいそうな薫に問う。
『薫、言いたくないならそれで構わないんだが、どうして泣いていたんだ?』
「ぅ……義母上が……」
『義母上と何かあったのか?』
答えてくれないかな、とあまり期待しないで尋ねれば少し逡巡した後、こっくりと頷いた。
そこで思い出す、そう言えば薫は南雲家に引き取られてもまともな待遇を受けてなかったと原作では書かれていた。男子である事を責められ、妹の千鶴と比べられる。故に歪んだ想いは憎悪に変わり、たった一人の妹に向けられた。
まだ甘えたい盛りだろうに、甘える事の出来る者は居らず、血を分けた妹の消息は不明。訳も分からず妹と比べられ、たった一人暗闇に取り残されたようなものだ。
悲しいだろう、苦しいだろう、寂しいだろう。それでも涙を堪えて、人目を忍んで涙を流して、この年頃の子供のする事じゃない。
子供の頭を撫でる事に理由がいるだろうか?
子供に優しくしてやる事に理由がいるだろうか?
子供を抱き締めてやる事に理由がいるだろうか?
子供を慈しむ事に理由がいるだろうか?
子供に愛情を与える事に理由がいるだろうか?
子供を愛する事に理由がいるだろうか?
子供とは、本来愛され、慈しみ、無条件で愛情を注がれ育てられるものだ。それが【当たり前】だ。そうである事が当然なのだ。自然と自分の表情が強張っていくのが分かった。
しゃがんで目線をあわせる。
『そうか。ならば泣きなさい』
「っ…駄目、泣いたら駄目っ、強く、ならなきゃ…」
『ならば泣かせてやる。薫は泣かないと駄目だ。薫は子供なんだ、泣いて良いんだ。…今は、私しか居ない。だから、泣け』
そう言って、薫の腕を引く。とても軽い薫の身体はいとも簡単に私の方に倒れ込んだ。
(軽い…軽過ぎる)
ちゃんとご飯を食べていないのか…そのまま自分の腕に収まった小さな身体を抱き締めて、もう一度、言う。
『泣きなさい』
「うっ…うあぁぁぁ!!!!」
私にしがみついて、ぽろぽろと大粒の涙を零し大声を上げて泣く薫の頭を撫でる。
どうして薫だけ剛道が連れて行かなかったのかが不思議だ。その後は、薫が泣きやむまでただ、その子供特有の高い体温を有した小さな身体を抱き締めて背中を擦っていた。
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