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 * * * 




『【瀧王大尊】…いや、タキオミ、まずは、言わせて欲しい…ありがとう』



そう言った瞬間、タキオミの脳に直接響くような“声”が震えた気がした。



『人間を憎んでしまいそうだと言ったけれど、憎まないでくれてありがとう。人間を好きでいてくれてありがとう。私に、それを伝えてくれてありがとう』



そう言って私は笑った。嬉しかった、こんなにも人間を思ってくれている事が、この優しい神の言葉が、とても嬉しかったのだ。
自分が言われた言葉じゃないけれど、人間の幸せを見て幸せだったと言ってくれた事が私は嬉しかった。



─ …本当にお前は変わっているな、まるで、昔の人間と同じだ。とても幸せそうに笑う ─




そう言ったタキオミの声がとても幸せそうに聞こえて、私は何となく話を逸した。



『それで、今度は何のようだ?私はこの世界の“外”に行くつもりはないからな』



すると、タキオミが笑ったような気がした。



─ 案ずるな。次に行く世は、この世界だが少し違うのだ ─


『…平行世界か?』

─ いや、違う。まぁ、行けば分かるだろう ─




なんなのだ"この世界だが少し違う"とは…



─ 行く前に、話がある ─


『なんだ?』

─ 少し待て、今姿を見せる ─




タキオミの声が響いたと同時に、眩いばかりの光が空間に満ちて、次の瞬間には、目の前に人が居た。

いや、人の形を象ったタキオミだ。

純白の服に、金色の髪と白金の瞳。僅かな後光、光を帯びた純白の服に負けない程白い肌。
美しい姿の男だった。

こうして、面と向かって人間と話すのは三百年ぶりだ。とタキオミは微笑を浮かべそう言った。


「さて…蒼よ、我と契約しろ」


『命令か、拒否権は?』


「無い。我と契約すれば良い事ばかりだぞ、と言うのは建て前でな…ただ我はそなたを守りたいと思ったのだ。
我は蒼と契約を結びたいと思ったのだ。
蒼よ、これは願いだ。そなたのような人間を我は見ていたいのだ。
それに、そなたは自分をあまり大事にしないからな、心配なのだ」


『…分かった、契約しよう』


そう言うとタキオミはまた微笑んだ


「我が力──我を使役すること、それ即ち全知全能を手に入れることと同義なり」


全知全能、間違ってはいない

なんせ神界の最高位の最高神だ

完璧な存在と言っても過言では無い

神といえど、不可能なことの一つや二つはあるだろうが、その程度は当たり前だろう


「契約を──契りを」


『此所に誓いの誓約を、私に使役されることに、異を言の葉にすること、赦されん』



頭に流れてくる何とも言えない言葉を無意識に口にする。



「我、汝がその意志と共に在ることを望む。この意志に、偽りはなく
我が全力を以て汝を守護し、我が全てを賭して汝の障害を打ち払う」

『対価として、私は祈りを捧げ、時環 蒼の名と魂によって貴公を縛らん、我が呼び声に応えよ最高神【瀧王大尊】!!』



その瞬間、項が焼かれているような熱帯びて、私は光に包まれ、光柱の中心にいた。



「契り──契約は交われたし」

『我が意に背くことなかれ』



タキオミの姿はいつの間にか無かった。



『……?』



左手に違和感があった。持ち上げてみれば西洋風の剣が握られていた。



『……いつのまに』

─ それは我と契約したことの証。誓約を違えるとき、我との契約は無かったことになり、消える ─



思わず声を漏らすと、脳に直接響くような声がした。
今までと違い、声音がハッキリとしている。不鮮明さが消えた。まるで近くで話しているような…

まぁ、この西洋の大剣が何なのかは分かった…
これは【瀧王大尊】の御神体だ。つまりは【瀧王大尊】の依り代で、常にともに在り、彼の主であることを放棄するなということか…
契約した後に思うことじゃないが、随分と凄い奴と契約したものだ。



『これは目立つだろう』



西洋の大剣なんか持ち歩いてたら、かなり悪目立ちする。



─ 案ずるな、蒼が喚ばねば普段は我と共に蒼の中にいる ─



だから声がハッキリと聞こえたのか…
というか、それだと私が独り言を呟いてる怪しい人何だか…



─ 声に出さずとも他の者が居る時は心の中で会話可能だからな ─



便利だな…オイ。



─ 何かあれば喚べ。何も無くとも喚んで良いがな。我は寝るくらいしかやる事が無いしな ─

『雲上ヶ原(行政機関)は良いのか…?』

─ 他の者が何とかする。我だって休みは欲しいからな ─



それで良いのか?お前確か雲上ヶ原の統括だよな?

タキオミは私の疑問には答えなかった。



─ もう一つ、証として項に烙印がある。では、共に行こうか蒼。我が主よ ─



その言葉と同時に、


リィ───ン


荘厳な鈴の音が響き渡り、その瞬間、光が空間を支配した。


思わず目を閉じる…次に目を開けると私は森の中に居た。
目の前には、千鶴と瓜二つな子供が涙を溜めた瞳を目一杯見開き、私を凝視していた。






(守護の対価に、両手から溢れる程の祈りを捧げ)




(この世界だが少し違う…ね)

(成る程こういう事だったのか)





おまけ




(蒼、我はお前を守ろう)

(これは契約などの為では無く、我の意志であり願いだ)

(我が人間を憎んでしまいそうだと言った時)

(憎まないでくれてありがとうなどと言ったのはお前が初めてだ)

(我は人間を嫌いになりそうだった、それでも嫌いになれなんだ)

(それでも、慈しむ事は出来ぬようになってしまった我は、苦しかった)

(そんな我をお前は、何の雑念も無く、救ってくれた)

(お前の言葉に我は救われた)

(お前の感謝の言葉を紡いだ時の心は、昔の人間と同じように、美しかった…)

(我はお前のような人間ならば、また慈しむ事が出来るやも知れぬ。
だから、我はお前を守ろう。
我の全てを賭して)

(我が魂において誓おう、我は常に蒼を守護する事を)



【瀧王大尊】が密かに誓った誓約、それは誓いであり、尊き願い。




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