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(何故…こんな所に)



私は兎に角気が付けば何も無い空間に居た。取り敢えず此処に至るまでの経緯を思い出す事にした───




 * * * 




千鶴との出逢いから既に三か月、綱道の動向を探ると同時に医者の手伝いにもかなり慣れてきて大体の事は出来るようになった。

字も上達し、読み書きは一通りこなせるようになり、最近は医学書等を読み漁っている。

剣術も型を知ることで基礎が分かり、どこか不安定な剣が安定し、更に強くなれたが、これ以上力を手に入れてどうするのだ…と思うのは仕方が無いだろう。
何せ、私の力は全てにおいて化け物並だ。比喩等では無くこの力は【化け物】としか表現の仕様が無い程に強大だ。
自らの努力で手にした力ならまだしも、いきなり、何の訓練も無く力を手に入れてしまったのだ。

己の身に過ぎたる力は危険なだけ、身の程を弁えろとは良く言ったもので、正に今の自分に言うべき言葉だろう。

強いは弱い、弱いは強い。

己の強さを知り過ぎている者は弱く、逆に自らの弱さを知る者は強い。
強過ぎてはいけないのだ。最強と最弱は通じる。正に表裏一体。
力が強過ぎればその力に頼り、引き際を弁えず[やれる]と思い込み、やられてしまう。

だからこそ、それ以上の弱さが必要だ。

自分の弱さを知っていれば自然と行動に慎重さが生まれ、考えるようになる。[自分の持つ少ない力をどう使うべきか]という事を無意識の内に考える。

弱さは極めれば何よりも強い。だから私は自分自身に枷を付けた。

弱さを、作った。枷は文字通り、枷だ。

所謂重し、両手両足にこの身体でも少し重いと感じる程度の物。

そして、胴にも、

次に、弱さを作る為に自身に制限を設けた。

それは、戦いになった時[絶対に殺してはならない]というもの。
これは、確実に私のウィークポイントになるだろう。
相手は殺す気で躊躇うこと無く刀を奮えるのに、こっちは殺してはならないという制限がある為、手加減に加えて、殺さぬよう倒す為に刀を躊躇わせてしまうかもしれない。

かなりのハンデだ。人を殺す事は容易い。人は呆気なく死んでしまうものだ。けれど人を生かすことは難しい、酷く困難だ。

だから、これは私の弱さとなる。そうして私は弱さを手に入れた。

この程度では足りないのだが、弱さを持ち、その弱さを知ることに意味がある。

自分にも弱さがある事実を理解して置けば、力に頼り過信して分を弁えないなんて事は無いだろう。

私はその枷を身に纏いながら生活を始めた。

そして、いつも通りに千鶴と遊んで、咲ちゃんの所に行き、試衛館に帰ってから宗次郎の相手をして、夕餉の準備を手伝い、食事が終わった後で風呂に入り、寝た。

いつも通りの日常、しかし意識が途切れる瞬間、


-―-リィ―--ン―-

―リィ-―ン-―-



また、あの鈴の音を聞いた気がする。そして、気が付けばこんな空間。
こんな芸当が出来るのは───



『あなたの仕業か…』

─ 久しいな、蒼。お前は相も変わらず聡いようだ。左様、我がお前を連れて来た ─




頭に直接響くようなその“声”は、私の願いを叶えると言った自称神のものだった。




 * * * 




『随分と遅いお出ましだな』



感覚がこの空間にいると狂ってしまうようで、大まかな時間さえも分からなかったが、遅く感じた。

まぁ、遅かろうが、早かろうが、どちらにしろ、私が今日の出来事を回想出来るだけの時間があったのだから。



─ 人の時間で言えば、それ程経っていないのだがな ─


『そうか』



ならばやはり感覚が狂っているのか…いや“神からして見れば短い時間だった”という意味と考えた方が良いか、神というものは長い時を存在し続けるだけあって時間に大雑把なものだし。
それは仕方が無いのだろうけれど…
それにしても、何故今になって接触をしてきたのか、



─ そう身構えるな、我はそなたを気に入っているのだ。何もせん ─


『そうか…それは失礼した。そういえば、名を教えてはくれないか?何と呼べば良いのか分からない』

─ クククッ…やはり変わった人間だ、我の名を知りたいとは…良いだろう。
蒼は我のようなモノが呼ばれる存在の名の意味をしっかりと理解しているようだからな。
【天主天帝】という名を聞いた事は無いか? ─


『天主天帝…まさか【瀧王大尊(タキオウオオミコト)】か…?』

─ そう、我の名は【天主天帝】であり【瀧王大尊】蒼ならば知っているだろうと思うていたぞ。お前には特別にタキオミと呼ぶことを許してやる ─




これはまた凄いモノが出てきたものだ。

日本には八百万(やおよろず)の神がいるとされている。
八百万もいるのだから、神は文字通り、“何処にでもいる”。

そんな神には皆呼称がある。

日本の神の中でも神の呼称は様々で…【明神様】【大神様】【弁財天様】等があり、これは階位を表している。

例えば【龍神】も神の一つだが、まぁ龍神と書かれなくても龍神を表していたり。逆もあって、龍神なのに蛇神だったり、龍陀神だったりする。
【龍神】は、神の中でも最高位の称号で、つまりかなり位の高い神なのだ。

しかし、それの更に上がある。

全ての神仏を統括し、全宇宙を統括している神々を【天上王神様】という。

【天上王神】とはこの銀河宇宙を治め給う【天主天帝】を中心とした雲上ヶ原(神界の行政機関)に参集する神々の呼称だ。

各神界、神族(高天ヶ原系、出雲系、東雲系、長野原系、天龍八部系)の長を主に【天上王神様】と纏めて呼称として呼ぶのだ。

この雲上ヶ原では、大宇宙(自然界)の運行から、人間界、霊界の守護体制までもが神々の協議の上で決定運行されているらしく、【天上王神】というもの達はとりわけ優れた全知全能の力を持つ神々で、【龍神】は勿論、全ての神仏を擁護している凄い神々だ。

【天主天帝】と言えば、天上界(神界の最高位の世界)の行政機関である雲上ヶ原で行政の統括をしている最高神であり、天上において地上の罪悪の報告は全てこの神に届けられると言われていて、【瀧王大尊】とも呼ばれている。

これは、とんでもないモノに気に入られたものだ。

しかもタキオミと呼ぶことを許されてしまった。名は最も短い呪、それを呼ぶことを許されたということは、私は神に認められているということ。呼ばなければ無礼だし、呼ばなければ怒るだろうなぁ…


(因みに、何故私がこんな話を知っているのかというと、祝詞を調べた時龍神祝詞というものがあり、それで龍神について書いてある所に載っていたからだ)



『そんな最高神が何故、私などに声を掛けたんだ…』

─ 何故、か…なぁ、蒼よ。神達はな、皆人間に嘆いているし、怒っている。何故か分かるか? ─




【瀧王大尊】もといタキオミは悲しげにそう問うた。



(嘆いているし、怒っている、か…)



それはそうだろうな。同じ人間である私でさえ嫌気が差す人間達、



『人というものは愚かで下劣で卑劣で、理解しない者を拒絶し、同意しない者を排他し、首肯しない者を弾劾し、同じでない者を否定し、時として殺す。それが正しさと信じて疑わない生き物だ。
全ての人間がそうである訳では無いが、殆どの人間はそうだと、私は思っている。
人間の無意味に流した血は大地を穢しているのだろう。昔から、幾度と無く戦はあったのだから。
神は長い、永遠に近い月日を存在し続けるが、死ぬ。神を斎奉る者が居なくなれば消えてしまう。
神の存在そのものや、力は人の純粋な祈りや願い。信仰だ。
今の人間達は祈る心を忘れているからな。それに怒っているのか?』



逆に言えば神は死なないとも言える。一人でも、その神を斎奉る者が居る限り、神は何処かで生き続ける。本来神は死なない存在なのだ。



─ それも理由の一つだ。だがな、神達がもっとも嘆いているのが人の“心”に関してだ。
蒼の居た世界では人は命の尊さを忘れ、自然を破壊し、何よりも“想う心”を忘れてしまった人間が余りにも多過ぎる…それを悲しんで嘆いているし、怒っているのだよ…だがな、蒼よ、我はそれ以上に苦しかったのだ ─


『苦しかった?』

─ 我は人が好きだった、人は我を敬い、祈りを捧げてくれた。
だから我も応えた。そうすれば、人はとても綺麗な笑顔で感謝の礼を言った。それが嬉しかった、人が幸せそうに暮らしていると、我も幸せだった。
だが、人は欲に弱かった。貪欲に、浅ましくなり、どんどん魂が穢れていき、嘆き悲しむ者が増えた。
そんな幸せはもう無くなってしまった…それが苦しくて、悲しくて、人間を憎んでしまいそうになる。幸せを無くしてしまった人間を…
人というものが欲に弱い生き物だとは分かっている、だが、赦せ難だ。
幸せをくれたのも人間だというのに…だが、嫌いにはなれないのだ、昔に戻れぬと分かっていても、あの時の人間の幸せそうな笑顔を忘れられぬ… ─




そう言った【瀧王大尊】の声音は、幸せそうな声から、酷く悲しげに変わった。





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