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 * * * 




『ここだね』


何人かの人に聞き回ってやっと着いた。雪村と表札が出された家は結構町外れにあった。



(ふぅん…成る程こんな所にあったのか…)



これなら歩き回っただけじゃ簡単には見つからない訳だな。確かに医者がいる感じはするな(匂いとかが、病院のアレだ)

この身体は嗅覚と聴覚も人よりは良い(この事実に犬かよ…と思い、何となく猫の方が好きなのにと思った)



『確認するけど千鶴の家はここかな?』

「うん!ありがとう蒼兄さま!」



やはりまだむず痒い…道中でいきなり"兄さま"と呼ばれ驚きはしたものの別にいいかと訂正もしないで放置していたが、慣れることはなかった。



(まぁ、千鶴は可愛いから良いか…)

「おや、千鶴。帰ってきたのか」



家から出てきた丸坊主の男性…雪村綱道。
うん、まだ若かった。



『どうも、初めまして時環 蒼といいます』

「君が蒼君か、娘が世話になったね」



いえ、出逢って数分で泣かれて、何とか宥め、迷子だと知って送り届けただけです。



(こうして並べてみると意外と凄い気がする…)



それにしても、町から離れたこんな場所にまで私のことは知れ渡っているのか…

何かの本で見た「人の噂も七十五人」という台詞が脳裏を過ぎる。確か、現代にはインターネットという情報網があるから、七十五人に知れ渡れば世界中に知られたのと同じとか書いてあったが、この時代だとどれくらい知れ渡るんだろう…
これはただのギャグだったが、有り得そうで嫌だな。



(町の人達がほぼ全員知ってるとしたら七十五人なんかとっくに超えてるな…)



微妙な気分になりつつも、取り敢えずお茶をもらって話して、医療について教えてもらうことになった。

宗次郎──総司が労核になったとき、いや…労咳に罹らないように予防程度は出来るように、ついでに言うなら綱道さんの監視もある。

【変若水】について分かることがあるかもしれないし、千鶴が京に来るとなった時が綱道の動向を知ることで分かるだろう。



『もうこんな時間か』



気づけば空は茜色に染まりつつある、夕刻だ。



『では、今日は帰らせていただきます』

「またいつでもおいで」

「またね!蒼兄さま」

『またね』



千鶴に手を振って家から出る。

どっぷりと日も暮れてきた、早く帰らないと、と早足になって帰路を歩く。



『敬助さんに怒られるかな』



多少のお叱りは受けよう。そう決めて試衛館に戻った。




 * * * 





敬助さんに遅くなったわけを言えば、怒るどころか頭を撫でられ褒められたのだった。




 * * * 





遠くなる蒼兄さまの背を見送りながら、私はそっと、蒼兄さまが手拭いで拭ってくれた手を握った。



(あったかい…)



蒼兄さまは、他の人と違う私を優しく抱き締めて、微笑んでくれた。

あれは何時だったのかもう分からないけれど、昔友達に傷が治る所を見られた時、



─気持ち悪い!─



そう言われたことがあった。それ以来怖くて、友達と遊ぶことは無くなった。

…だけど、蒼兄さまは違った。
最初はまた気持ち悪いって言われると思った。


だけど…



『早く怪我が治って良かった…』



そう言ってくれた。その後、名前を教えて貰って、苗字で呼ぶと、何だか他人行儀だし、名前で呼ぶのは恥かしくて、「蒼兄さま」なんて呼んでしまったけど、それでも蒼兄さまは微笑んでくれた。

父様に今日蒼兄さまに怪我が治る所を見られたことを告げると、驚いたようだったけれど、蒼兄さまがそれを受け入れてくれたんだと言えば優しく頭を撫でてくれた。

その日は何だか胸の奥が酷く温かった。




─あて─



(蒼兄さま…)

(千鶴か…)



((また、早く会いたいな))


(可愛かった)
(綺麗な人だったな…)





おまけ

「ねぇ、早く帰って来なよねって言ったよね?」

『すまないな。可愛い女の子が迷子だったから送り届けていたらこんな時間だった』

「…じゃあ、許してあげるから今日は僕の好きなおかず作ってよ」

『それくらいで良いのなら、任せておけ』


帰ってから暫く宗次郎がやけに甘えてきた。



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