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試衛館にお世話になり始めてから数日、ここでの暮らしにもかなり慣れてきた。
皆とも馴染んできて、近藤さんは勇さん。土方さんはトシさん。山南さんは敬助さんと呼んでいる。特に宗次郎とは、一緒にトシさんに悪戯をするまでに仲良くなった。
トシさんは反応が良いから楽しい。

敬助さんには手習い─…文字を教えてもらい。

最初の頃、稽古で新八にスルーされたことの苛立ちをぶつけたりしてたが…
まぁ、それはある程度痛め付けていたら気が晴れたので、最近は普通に稽古している。



「蒼!手合わせしようぜ」

『新八、今日は咲ちゃんの所に行く日だからまた今度だ』



そう言えば新八は少し顔を青くして、首を上下にぶんぶんと振った。

咲ちゃんの事を思い出したのだろう。

咲ちゃんは、定期的に会いに行かないと試衛館に乗り込んで来る。



「また、行くんだ」



すると、新八の後ろに隠れていたらしい宗次郎が不満気にそう言った。

思わず苦笑する。

咲ちゃんと宗次郎は余程、馬が合わないらしくまるで水と油のように、会う度に火花を散らすのだ。前の時も大変だった…

最初の頃は何かと忙しくて、吉田屋に行けず、咲ちゃんが乗り込んで来てしまったのだ。
咲ちゃんと宗次郎は火花を散らし、
新八は初めて咲ちゃんの般若を見て青褪め、
土方さんは胃の辺りを押えて溜め息を吐き、
私は相変わらず蚊帳の外。

本当に良いのか悪いのか…と真剣に悩んでしまった。

その時はたまたま居たみつさんが場をおさめてくれた。みつさんというのは沖田みつ、宗次郎の実の姉だ。
みつさんは試衛館の最高権力を持っている。
なんてったって、試衛館の食事は全てみつさんが作っていて、所謂【生殺与奪権】を行使出来る唯一の人なのだ。

因みに【生殺与奪権】というのは所謂、ご飯抜きだ。新八辺りには効果抜群だろうお仕置きだ。



(何もせずにただお世話になるのは嫌だったから、私はみつさんのお手伝いをさせて貰っている)



その時、敬助さんと源さんは揃って外出中で、みつさんが居なかったらどうなっていたのか…考えたくも無い。
因みに近藤さんは前回の般若がトラウマになっているのか、咲ちゃんが帰るまでビクついていた…

今はもう懐かしい、近藤さんにとって悪夢とも呼べる日を思い出していると、宗次郎がムッと唇を尖らせて言った。



「蒼が行く必要なんか無いのに」

『でも、勇さんを困らせる(怯えさせる)訳にはいかないからね』

(本気で可哀相なくらいガタガタだったし…)



そう言えば宗次郎は不満そうだったが、納得したのかこちらに背を向けて試衛館の中に向かって歩いて行った。

そして、途中でクルッと振り返って、



「早く帰って来なよね」



と言って去って行った。



(あれは「早く帰って来て欲しい」という意味か?)



悩む私の頭を新八は撫でながら、



「お前、宗次郎に懐かれてるな」



と言って笑った。私は少し笑い返して、試衛館を後にした。




 * * * 




「蒼君、お疲れ様」

『咲ちゃんもお疲れ様』



声を掛けてきた咲ちゃんにそう返して、帰る準備をする。
今日は少しだけお客が多かったようなので、ピークを過ぎるまで手伝ったのだ。



「2人とも、お疲れ様。おや、もう帰るのかい?蒼君」

『はい』

「そうか、ならこれお土産に持って行きなさい」

『ありがとうございます』



そう言って渡されたお団子の包みを持って宛も無く歩き始めた。




 * * * 




(──おや?)



吉田屋から暫く歩くと、そこに続く道の右手の河原に一人の女の子が居た。
膝を抱えて座り込んでいる。その子は立ち上がると何処かに向かって走り出そうとし、転んだ。
慌てて駆け寄る。



『大丈夫?』



取り敢えず声をかけてみると、



「え?」



顔を上げた女の子は目に涙を溜めているがきょとんとした表情で見上げてきた。



『怪我をしているな…』

「あっ…」



その子の手に出来た傷は、目の前でスッと塞がっていった。
その様子を見て、その子の顔を見るとしまった、というように怯えていた。

その顔は幾らか幼いものの、雪村千鶴、その人だった。



『傷は塞がったみたいだね』



その傷があった場所に付いている血を手拭いで拭う。千鶴は私の行動に驚いたのか目を丸くしている。

殆ど血を拭き取ると、千鶴が俯きながら口を開いた。



「…お兄ちゃん、は私のこと気持ち悪いって言わないの?」



そう言った千鶴にしゃがんで目を合わせる。その瞳は縋るような色を称えていた。そう、嫌わないでと言っているかのように見えた。

私は出来る限り優しく言葉を紡ぐ。



『なんで?』

「………」

『なんで君の事を気持ち悪いなんて言わなくちゃならないの?ちっとも気持ち悪くなんか無いさ。それよりも、君の傷が早く治って良かった』



そう言って笑うと、千鶴は泣き出してしまった。泣き出した千鶴を抱き締めて、宥めるように優しく背を叩く。




 * * * 





暫くそうしていると、千鶴は泣きやんだ。



『もう、大丈夫?』



コクリと頷いた千鶴に微笑み、何故こんな所に居たのかと問う。



「あ、えっと……」



千鶴はもごもごと口篭もり話そうとしない。少し顔が朱いのは気のせいだろうか?
流石に知らない人間が自分の名を知っているのは可笑しいので、聞いておく。



『君の名前は?』

「ゆきむら、ちづる…」



千鶴は消えそうな声で言った。ゲームで見たときは可愛いと思ったけど、原作よりも随分あどけない。
今は原作より前で目の前の千鶴がまだ子供だからそう思うのだろう。
どちらにしても、可愛いのだから別に良いのだけれど。

自然と頬が緩む。



『──で、千鶴はここで何をしているのかな?』

「い、家…」

『家?』

「家が…わからなくて……」



つまり迷子か…

このあたりは道が入り組んでないから迷うことはないと思うのだが…
思っていたのだが……



『千鶴はこの辺に来るのは初めてなのかな?』

「うん」



来たことがない場所なら迷うか…
……仕方が無い

目の前で可愛い子が困っているのだから、手を貸すのは当然だろう?



『なら、私が送ってってあげよう』

「ほんと?」



肯定の意味を込めて手を繋いだ。
トテトテと微睡みそうに歩く千鶴に蒼は速度を緩める。



『あ…』



肝心なことを忘れていた、雪村家ってどこだ…?
話には度々聞くけど場所までは知らない。



「ねぇ」

『ん、どうかしたかな?』

「お兄ちゃんのおなまえは?」



言われて自分が名乗っていないことに気付く。
というか、名乗らない見ず知らずの人についてくるなんて……
よく、こんな子がこの年まで無事に育ったものだ。
私は何もしないけど、世の中にはそういう事を考える下衆共が沢山いるというのに。



『私は時環 蒼というんだ』

「蒼?」



自分で言うのもあれだけど、有名らしいからもしかしたら知ってるかなっと思ったが、この反応を見る限りじゃ知らないっぽい。



『うん……そういえば千鶴、君の家はどの辺りにあるか分かるかな?』



そう聞くとふるふると首を振った。
せめて何処にあるかぐらい分かれば、何とかなったんだが……

道端の人に尋ねるとするか…

これは結構地道な作業になりそうだ。






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