福ノ子
 テラハウス


「見たな……」
「み、見てないよ」
「嘘ついても無駄だ」

 静かなダンケルの声は、落ち着きすぎて逆に恐い。徐々に近づいてくる足音に思わず後ずさる。

「気持ち悪いか?」
「えっ」
「俺がそれに誰を重ねて見たのか、知りたいか?」
「い、いえ、いいです、知りたくな、」
「爽樹だ」
「ひいっ」

 食い気味の返答に震え上がり、変な汗まで出てきた。いろんな情報がいっぺんに流れ込んできて、完全にキャパオーバーだ。

「笑いたいなら笑え。もう自分でもどうしたらいいか分からないんだ。爽樹が好きで、好きすぎて、俺の物にする方法を毎日考えて、結局子供を孕ませることしか思いつかない……!」
「!?」

 何をどこからどう突っ込めばいいのか分からない。

「ルイボスティーなんか買って飲ませるなんて、可笑しいだろう」
「な、何もおかしくないよ。だって僕の事を心配してくれたんでしょ?」
「違う、君を妊娠しやすい体にしたかったんだ」

 あれ、この人やっぱりおかしい。

「おおお、落ち着いてダンケル。僕は男で、そのDVDはフィクションだ」
「でも、俺と爽樹ならいける気がする」
「ダンケル、病院に行こう」
「俺は本気だ!」
「うわっ」

 目を血走らせたダンケルが、突然襲いかかってきた。勢い余って、ごちっと後頭部を打ったのに、ちっとも気づいてくれない。
 それどころか鼻息荒く僕の服をむしり始めた。シャツのボタンがうまく外れなかったみたいで、わなわなと苛つき、しまいにはぶちっと引きちぎられる。
 リアルに跳んだボタンが床に転がっていくのを、僕は涙目で追った。

「やあっ……! ダンケル、やめて」
「爽樹、俺と子作りしよう」

 何もかもすっ飛ばした発言の衝撃といったら、天変地異が起きたといっても過言ではなかった。
 性癖丸出しのAVを見られたことが余程ショックだったのだろうか。普段の彼からはとても想像出来ない姿に、僕の思考は完全に止まってしまった。
 開きなおったダンケルは、ちょっとひりつく勢いでキスマークを散らしていく。首筋とかうなじとか、普通に見える部分にまで吸い付かれたので、必死になって両手で押し退けた。

「やだ! ダンケル怖いってば!」
「そんなこと言わないでくれ。君に逃げられたくないんだ」
「そ、そんなことしないよ」
「だめだ。今種付けして俺の物にする」
「……っ」

 言葉の響きが、いちいち危ない。
 狼狽えて真っ赤になった僕の両手を頭上で束ねたダンケルは、とうとう唇を合わせてきた。
 暗くてよく見えない分、熱くて湿った唇の感触が生々しい。ちくちくした顎髭が擦れて、入り込んできた舌は煙草の味がした。

「んっ……、んーッ! ふ……うぅ!」

 上顎の裏側と歯列をなぞり、荒々しく絡まる舌に唾液を啜られる。キスの経験もなければこんなに激しく求められたこともない。喉の奥まで舐められる慣れない行為に背をしならせ、息苦しさに耐えきれずにえずいてしまった。

「……ッう、げほげほっ……けほ、あ……っだめ、だめ……」
「爽樹、逃げるな」

 唇を放してくれたのは一瞬で、咳が治まればまた同じようなキスが降ってくる。
 なんでこんな事になったのか、朦朧と思考を巡らせてみたけれど、何も分からない。
 確かなのは、あの完璧なダンケルが、実は僕のことが好きで、アブノーマルなAVを所有していて、挙げ句の果てに本気で妊娠させようとしてくるという事だけだった。


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