※上のツンデレの続き


「君たちって本当に相性が悪いよね」

と、言うのは友人の一人である尾浜勘右衛門の弁である。
まあその意見にはおおむね同意する。
何故なら俺と名字は顔を合わせても一瞬で会話が終了してしまうような関係だからだ。
…いや、正確に言えば俺が一方的に話を打ち切ってる事が多いんだけど。
本当は少しでも長く会話をしたいと思っているのに、つい名字の顔を見ると緊張して妙な態度を取っちまう。
会話を繋げなきゃ何も変わらないってのは分かってるんだけど…俺にはたったそれだけの事が上手くできない。
簡単に言ってしまえば俺はいわゆるへたれというやつだった。
正直泣きたい。

「か、勘右衛門!」
「ん?どうしたの八左ヱ門」
「お、俺っ、名字の手をに、握った!」
「えっ!?ついにもだもだしすぎてあまりのじれったさにこいつ殴ってやろうかと時々思う程だった八左ヱ門の恋に進展が!?」
「出さなくてもいい本音が出ているぞ、勘右衛門」

そんな事を思われてたのかと顔が引きつるけど、まあ今はそんな事はどうだっていい。
兵助が勘右衛門を諫めながら懐から出した高野豆腐の量がおかしな事ぐらいどうだっていい。
とにかく今重要なのは俺が名字の手を握った事だ!

「さ、さっき、綾部の蛸壺に落ちた名字を引き上げたんだ!」
「…ああ、何だそういう事か。それで?」
「ありがとうって!お礼言われた!」
「へえ、珍しい。八左ヱ門には無駄に厳しい名前が」
「手、小さかったな…柔らかかったし、すべすべしてた…」
「ははは、気持ち悪いよ八左ヱ門」
「勘右衛門、出さなくてもいい本音」

聞いたような会話をする二人を尻目に、名字の手の感触を思い出す。
それからその後の、ちょっと拗ねたみたいな、恥ずかしそうな顔も。
蛸壺に落ちた事が恥ずかしかったんだろうな。
いつもなら続かない会話が今日は結構続いてたのも、そんな状況だったからだよなあ。
あそこに蛸壺を掘ってくれた綾部に感謝したい。

「また落ちねえかな、名字…」
「そう何度も同じ手は通用しないと思うけど」
「う、でももう一回ぐらい…」
「普段の名前と話せる努力をしたら?」

それが出来たら苦労はしてない。
がくりとうなだれて言えば、勘右衛門は笑顔でめんどくせっ!と言った。
何かお前、ほんと辛辣な。
じと目で見れば勘右衛門は事実だから仕方ないと笑った。

「それより他には?何か進展なかったの?」
「ああ、ええと、しばらく話をしてたんだけど…」
「だけど?」
「名字が何か言いかけた時に七松先輩が来て…」
「…なんか結果は見えてるけど一応聞くよ。それで?」
「話なんて、竹谷なんかにある訳無いでしょばかっ!って言っていなくなった」
「うん、テンプレなセリフをありがとう」

あともう一歩だったのに七松め…と命知らずな事を呟く勘右衛門は置いといて、名字が雷蔵に抱きついてた事を思い出す。
雷蔵とは親友、そう言ったけど、あれって親友の距離感なのかな。
…いいなあ、あんなにくっつけるなら俺も名字と親友になりてえ。
あれって絶対胸とか当たってるよな…ああ俺、本気で雷蔵になりたい。
名字の胸の感触を想像してちょっとにやけていると、それを見ていたらしい兵助が気持ち悪いと無表情で呟いた。
お前らもっと八ッ橋にくるんだ言い方をしろ。

「八左ヱ門、こうなったら俺が協力するよ」
「え?協力?」
「早く君たちが恋人同士でも何でもなってくれないとイライラでこの世の豆腐という豆腐を全部ぐっちゃぐちゃに陵辱しちゃいそうだよ!」
「と、豆腐に何て事を!」
「嫌なら兵助も協力するよね?」
「する!八左ヱ門今すぐ名前に告白してこい!」
「えええええっ!?」

目をぎらつかせた兵助に名前を明日呼び出すからそれまでに覚悟を決めろと凄まれ、勘右衛門に場所は飼育小屋にしとくよと微笑まれ。
何だかんだで覚悟を決められないまま、翌日。
へたれな俺が言える訳がないと泣きそうな気持ちで飼育小屋に向かえば名字はすでに飼育小屋の前で待っていた。
う、か、かわいい…。
そんな事を考えるとまた緊張で口が上手く動かなくなる。
毎回こんなだから名字だって呆れていつも怒ってしまうんだろう。
それでも呼び出してしまったからには何かを話さなきゃならない。

「よ、よう、名字!」
「急に呼び出したりして、何か用?私も暇じゃないんだけど」
「いや、その…そ、そうだ、昨日の、大丈夫だったか?」
「…何が?」
「あとからどっか痛んだりとか…」
「別に、どこも」

ツンとした態度の名字が話はこれだけ?というような視線を向けてきて、やっぱり緊張の取れない俺はぐっと黙ってしまう。
くそ、告白とか…絶対無理だろ…。
情けないけどこれだけの会話で精一杯な俺はとにかく笑ってごまかしてしまう。
呼び出しておいてこれなんて…うざがられてるかな、俺…。

「…竹谷、あのさ」
「えっ!?な、何だ?」

へこんでる俺を気にした様子もなく、名字がむすっとした表情で切り出すと無駄に緊張してる俺は変な声を出してしまう。
だけど名字はそれも気にした様子なんかなく、言いづらそうにぽつりと小さな声で話を続けた。

「その、もし、良かったら、だけど」
「う、うん」
「今から、仕事、手伝おうか?」
「えっ!?」
「迷惑なら別にいいけど!」
「いや!全然!迷惑じゃない!」

え、え、これ何!?夢!?
物凄く焦りながらぶんぶん首を振れば、名字はじゃあ手伝う、と言ってくれた。
あ、これ、やっぱ夢だろ。
昨日眠れなかったもんな、今きっと授業中かなんかに居眠りしてんだな俺。
そう思うと焦りまくってたのが急速にアホらしくなって、一気に頭が冷えた。
しかし夢にしても自分に都合のいい夢見過ぎだろ俺…。
自分に呆れて苦笑して、隣りで虫たちの食事の準備を始めた名字を見る。
一生懸命に働く名字はちょこまかしていてかわいい。
時々これで合ってるのかと目で確認してくるのもかわいい。
全部かわいい。

「…名字、おまえって懐くと可愛いなあ…」

いや、普段ももの凄くかわいいけど。
ほわっとした気持ちで言えば、名字はがたりと持っていた餌箱を落とした。
ん?なんか顔真っ赤だぞ。

「な、な、」
「名字?どうした?」
「たっ、竹谷なんかにっ、かわいいって言われてもっ、嬉しくないわよばかあああ!」

脱兎の如く走り去る名字をぽかんと見送っているとぱちぱちと手を叩く音がして、振り返れば勘右衛門が拍手をしていた。

「八左ヱ門にしてはよく言ったねえ。言葉選びは微妙だったけど」
「…え?」
「これで少しは進展するんじゃない?」
「…勘右衛門」
「なに?」
「今すぐ俺を殴ってくれ!」
「はあ?」

どん引いた表情の勘右衛門にしつこく殴れと詰め寄った俺が気持ち悪い!と殴られ、これまでの出来事が夢じゃないと自覚するまであと僅か。


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