「お前たちって水と油みたいな関係だよな」
と、言うのは友人の一人である鉢屋三郎の弁である。
まあその意見にはおおむね同意しよう。
何故なら私と竹谷は顔を合わせても一瞬で会話が終了してしまうような関係なのだ。
…いや、正確に言えば私が一方的に話を打ち切ってる事が多いんだけど。
本当は笑顔で会話をしたいと思っているのに、つい竹谷の顔を見ると嫌味な態度を取ってしまう。
止めなければ嫌われてしまうと分かっているのだけど…私にはたったそれだけの事が上手くできないのだ。
簡単に言ってしまえば私はいわゆるツンデレというやつなのだった。
正直泣きたい。
「らぁいぞぉぉぉう!」
「わ、どうしたの名前」
「きょ、今日もやっちゃったよう…」
「また?今日はどうしたの?」
「竹谷がね、髪型を変えたのに気付いてくれたんだけどね…」
「けど?」
「竹谷なんかに褒められても嬉しくないわよ!とか言っちゃって…」
しまったと思った時にはもう遅く、竹谷は苦笑いでそうかと言ってその場から立ち去ってしまった。
そんな風に怒りもせず流してくれる竹谷の優しさが大好きなのに、素直になれない私はいつもツンケンしてばかりいる。
きっと毎回いやな思いをしてるだろうに、それでも話しかけてくれる竹谷の優しさで心が痛い。
「うう…こんなんじゃ一生竹谷とお茶会なんてできないよう…」
「少しは素直になったらどうだ?いい加減お前の話は聞き飽きた」
「何か今日の雷蔵冷た…って三郎、いつの間に来てたのよ」
「ここは私の部屋でもある」
しれっと言う三郎にべっと舌を出して、三郎をたしなめる雷蔵にぎゅうっと抱きつく。
そうすれば雷蔵はよしよしと頭を撫でてくれて、三郎は呆れのため息をついた。
私が竹谷と会話をしたあとのお馴染みの光景である。
こんなのが毎度お馴染みだなんて、三郎が言うように飽きてしまってもしょうがない。
そうは思うけど、自分じゃどうにもならないのだ。
「どうしたらいいかなあ…」
「うーん、でも僕も三郎の言う通り少し素直にならないといけないと思うよ」
「う…それが出来たら苦労してないよ…」
「告白して玉砕しろ」
「雷蔵、三郎が虐める」
むすりとしながら雷蔵にますます強く抱きつけば、雷蔵にくっつきすぎだとたしなめられてしまった。
でも雷蔵って良い匂いがするんだよなあ。
すんすん匂いをかいでいると、困ったような雷蔵の声に重なってどさりと物が落ちた音がした。
その音につられてそちらを見ると…竹谷が、いた。
「………」
「あ、え、ああ!?」
「…見なかった」
「え?」
「見なかった、俺は何も見なかった」
珍しく真顔の竹谷がそれだけ呟いて、素早く足元の本を拾い上げその場から驚くべき速さで立ち去っていく。
え、ええと、え?
これ、間違いなく誤解されてない?
「…名前、追いかけた方がいいんじゃないかな?」
「えっ」
「してくるべきだと思うぞ、玉砕」
「…三郎はくたばれ!」
言いながらすぱんと障子を勢いよく開き、竹谷が走り去った方向へ凄まじい勢いで走り出した。
竹谷の姿はすでにかなり遠くにあったけど、見失うような距離じゃない。
確実に捕らえるつもりで走るスピードを上げ、少しずつ竹谷との距離を詰めていくけど竹谷は追いつかれるつもりはないらしい。
すぐに追いつけると思っていたのに、あと僅かというところで竹谷は更にスピードを上げて逃げていく。
く、くそ、さすが竹谷!
心の中で賞賛を贈りながらそれでも負けじと竹谷の背中を追う。
途中、楽しそうだな私も混ぜろ!といういけどんな先輩の声が飛んできたけど丁重にお断りしておいた。
あんなのに追いかけられたら竹谷も私も死ぬ。
「って、わああ!?」
七松先輩に殺される姿を想像して青くなっていたのが悪かったらしい。
集中力の切れた私の体は足元にぽっかり空いた蛸壺に飲み込まれてしまった。
しかもかなり深い。
あ、綾部め…今度会ったらぶん殴る…!
こんな大事な時に蛸壺に引っかかるなんて…ああもう竹谷にはきっと追い付けないだろう。
「もういやだ…」
「大丈夫か名字!?」
「え、」
「怪我してないか!?」
「た、竹谷…」
がっくりうなだれて涙目になった私に、竹谷が手を伸ばしている。
その上心配した表情の竹谷が掴まれ!と言っていて、私は自分の目と耳を疑った。
何これ私の妄想?
そんな風に戸惑いながら竹谷の手を掴むと、たくましい腕がしっかり私を支えて蛸壺から引き上げてくれた。
…何これ私の妄想?
「痛いところないか?」
「な、ない…」
「そうか、良かった…びっくりしたぜ。叫び声がしたと思ったらお前落ちてくんだもんな」
「…うん、その…ありがとう」
珍しく素直にそう言えば竹谷は驚いた表情になったあと、嬉しそうににかりと笑う。
竹谷らしい、明るい表情。
私がほとんど見る機会がない表情だ。
「…あの、竹谷?」
「ん?」
「その、雷蔵とは、親友なんだ」
「…ああ、うん、そっか」
「だから、別に何もないから」
「………」
「で、ええと、これが本題なんだけど」
何故か黙り込む竹谷にそう切り出しながら、私の頭の中は三郎のセリフでいっぱいだった。
玉砕、その二文字が頭の中で踊る。
三郎の言う通り、望みなんか零だと理解しているけど、いつまでもうじうじしていても仕方ない。
今だけはツンデレを抑えなければ!
「私、私ね!」
「お、おう!」
「実は、竹谷の事…」
「いけいけどんどーん!」
「そう、いけどん…えっ!?」
「なっ、七松先輩!?」
「何だ、追いかけっこの続きはどうしたんだ竹谷に名字!」
「………」
「………」
二人で黙り込むと、七松先輩はちぇ、遅かったか、とか何とか言ってさっさと立ち去っていった。
おい、マジかよ七松。
「…えーと、それで名字、話の続きは?」
「は、話なんて…」
「ん?」
「話なんて、竹谷なんかにある訳無いでしょばかっ!」
「えっ、おい!名字ー!」
勢いを失った私がツンデレ封印なんて出来る訳がなく。
結局、雷蔵たちの部屋に逆戻りして泣きつくのだった。
全てはいけどんが悪い。