「おっ、名前!こんなところで会うなんて奇遇だな!」
「おやまあ八左ヱ門、ほんと奇遇だね」
喜八郎の真似をしつつ笑顔の八左ヱ門にしれっとそう答えた私だが、実はこれ、奇遇でもなんでもなく私が狙いすまして八左ヱ門の前に現れた結果である。
出先で八左ヱ門と遭遇するのはこれで通算16回目。
うち9回は故意的なもので、わざと八左ヱ門の付近に立って見つかってみたり、街角でぶつかってみたり、同じお店に入ってみたりして、偶然を装って八左ヱ門と気が合ってるかのように見せかけてきたのだ。
これだけ会ってればいい加減不審に思われそうだと思いつつ、八左ヱ門と一緒にいられるという甘い誘惑に勝てずに止められないでいる。
…そう、私は八左ヱ門に恋をしていた。
「こんな山ん中に何の用なんだ?」
「潮江先輩が鍛錬にいい場所があるって言ってたからね。八左ヱ門は?」
「俺は虫たちの食事を探しにな」
「へえ、そうなんだ」
そんな会話をしつつ自然と一緒に歩き出す事が出来てこっそり喜びを噛みしめる。
本当はどこかに出かけようとか、そんなふうに約束を取り付ける事が出来ればいいのだけど…残念ながら私にそんな勇気はない。
おかげで八左ヱ門の行き先を調べて先回りして偶然を装う事ばかりが上手くなる。
この間の実習でシナ先生に褒められてしまったぐらい、そういう調査が得意になっている事実にがっくりしてしまう。
シナ先生の熟練者みたいでしたよという、嬉しいはずの言葉さえなんだか悲しかった。
先生、私好きな人のストーカーみたいな事をやって鍛えてるんです。
…笑えない。
「しかしこんな所まで鍛錬に来るなんて真面目だな」
「いや、気が向いたからね。八左ヱ門こそ真面目だよ。休みの日まで委員会の仕事なんて。さすがは委員長代理!」
「おっ、褒めてもなんもでねえぞ」
「じゃあ褒め損だったね」
「えー何だよそれ!」
はははと笑い合って、ちょっと小突かれたりして。
そんなたったそれだけの事で舞い上がるぐらい嬉しくなる。
これが本当に偶然出会ってるんだったら心から喜べるのになあ。
ため息をつきたくなる気持ちを心の奥に押し込めて、それじゃあと別れを告げる。
一応、鍛錬に来たと言ったからにはこのまま一緒に談笑している訳にはいかない。
他に上手い言い訳があったらどうにかして一緒にいたんだけど、こんな山の中での用事なんて鍛錬以外に思いつかなかったのだ。
まあ実際、ここの山にいい場所があると潮江先輩が言ってたのは事実だし、久しぶりに自主練もいいかもしれない。
「帰り一緒になったらよろしくねー」
「………」
「八左ヱ門?」
「あー…いや、なんでもねえ」
「何?何かあった?」
珍しくはっきりしない様子にそう問い掛ければ、八左ヱ門うーんと唸って頭をがりがりかく。
それからため息をついて、困ったように眉を下げた。
「あのさ、」
「うん」
「その、こういうのさ、」
「うん?」
「あー…その、」
「…何?」
やっぱりはっきりしない八左ヱ門は不審な顔をした私を見て何事かごにょごにょと小声で呟いて、黙り込む。
何だろう、と首を傾げたくなるが、はっとある可能性に気付いた。
ま、まさか私のストーキング行為がばれたんじゃ!?
それで止めてくれって言いたくても言えなくて困ってるとか!?
あ、ありえる…そりゃ流石に気付くよね…。
こんなに頻繁に出先が同じとかありえないもんね。
で、でも半分ぐらいはほんとに偶然なんだよ!?
そんな言い訳を頭の中で並べながら、ごくりと唾を飲み込む。
八左ヱ門の断罪を待つより自分から言ってしまった方がいいかもしれない。
そうだ、潔く謝ろう!
「ご、ごめん!」
「えっ!?」
「そうだよね、気持ち悪かったよね…私何も八左ヱ門の気持ちを考えずにこんな…ほんとごめん!許してなんて言えないけど、とにかく、ごめんなさい!」
「え、え?」
「もう二度としないから!」
「えっ、おい、ちょっと待て!」
八左ヱ門が怒ってる顔を見たくなくて言い切るなり走り出す。
度重なるストーキング行為で向上した移動スキルはかなりのもので、ぐんぐん景色は流れていって、私はあっという間に潮江先輩おすすめの鍛錬場所まで辿り着いた。
ああ、きっと八左ヱ門怒ってるだろうなあ。
そんなことを考えると泣きそうな気持ちになって、はあとため息をつく。
こうなってしまったからには八左ヱ門への恋はもう忘れてしまうしかない。
どう考えてもこんなストーカーを好きになってくれる筈がないし。
もう顔も合わせられない、そう考えて暗い気持ちになっていると背後の茂みががさりと動く音がして、慌てて振り返る。
予想通り、そこには八左ヱ門がいた。
「…八左ヱ門」
「お前足早すぎ…」
「え、ご、ごめん…」
「いや、謝る事じゃねーだろ。俺、足は早い方じゃないから見失うかと思ったぜ」
「う、うん…」
なんて答えていいか分からず視線をさまよわせながら頷けば、八左ヱ門は何故か照れくさそうに笑う。
その表情の意味が分からなくて顔を上げれば、八左ヱ門は俺さ、と切り出した。
「さっきようやく気付いたんだけど、お前も俺と同じ事してたんだな」
「え?」
「行き先調べて、先回りして、偶然を装う」
「…え?」
「今まで出先で会ってた16回中の6回は俺がお前の予定調べて先回りしてたんだよ」
「…ええっ!?」
え、えっと、全然どういう展開なのかついていけないんだけど、えーと、えーと、どういう事!?
「初めてお前と街中で会った時にさ、自然に一緒に出かけられたのが嬉しくて味をしめたっていうか…」
「ま、待って、まだあの、よく分からない…」
「あー…だから、その、つまりだな」
「う、うん」
「俺は、お前の事が好きって事」
「…え、」
「……気付けよ…ばか…」
顔を真っ赤にした困り顔で八左ヱ門が言う。
対する私はまだ理解が及ばなくて、呆然としていて。
何だかよく分からないけどとにかく一つだけ理解できたのは、私は次回から八左ヱ門の予定の調査をする必要はなくなった、という事だった。