私たちは逃げている。
二人で手を取り合ってどれぐらいたったのかも分からないほど山の中をひたすらに走りつづけていた。
もうとっくに体は限界を訴えているけど足を止める余裕はない。
私たちを追う忍は二人がかりでも手に負える相手ではなくて、逃げきる事ができるかすら怪しいぐらいだ。
むしろ今こうしているのさえ相手のお遊びで逃がされているんじゃないかとさえ思ってしまう。

「はち、ざえもん、」
「喋るな、呼吸が乱れるぞ」
「いい、から、私を置いて、逃げて」
「馬鹿言うな!お前を守るって約束しただろ!」

声を潜めながらも怒気を強めて言う八左ヱ門にいいの、と必死に告げた。
だけど八左ヱ門は私の手を離してくれない。
しっかりと力強く掴んだままだ。
そんな八左ヱ門の手に安心して握り返してしまうずるい自分に気付いて自己嫌悪する。
本当に八左ヱ門に一人で逃げて欲しいのならこの手を自分で振り払わなきゃいけないのに。

「ごめ、ごめんね、」
「いいから」

仕方ないなあ、って言うような八左ヱ門の笑顔に泣きたくなった。
何でこんな事になっちゃったんだろう。
少し前までは二人で笑って、いつも通りに過ごしていた筈なのに。
どうして?
そんな考えてもどうにもならない事ばっかり頭に浮かぶ。

「…なあ、名前」
「なっ、に?」
「もし、逃げ切れたら、」
「逃げ、切れた、らっ?」
「その時は、っ!」

八左ヱ門が何かを言いかけた瞬間、私たちの間を苦無が通り抜けた。
お互いに身を引いてそれをかわすとすぐに体勢を整えて苦無が飛んできた方向へ向き直る。
そこには予想通り、私たちを追っていた忍…七松小平太がいた。

「見つけたぞ」
「七松先輩…見逃して下さい」
「見逃す?そんな事がありえると思っているのか?」

冷静にそう言って苦無を構える姿は悪鬼と呼ぶに相応しい凶悪さを持っている。
そんな姿を初めて目にした私は足が竦んでしまいそうだ。
だけど八左ヱ門は少しも怯んだ様子を見せる事もなく、落ち着いて苦無を構えて相対した。

「…名前、俺を置いて先に行け」
「な、何、言って、」
「いいから!」

私の方を見ないまま八左ヱ門は鋭く告げる。
だけど、だけど、私は。

「八左ヱ門を置いて行ける訳ない!」

忍ばせておいた苦無を取り出して構える。
手は震えるけどそんな事に構っていられる筈がない。
そう、きっと目の前のこの人を止められるのは私だけだ。

「っ、いい加減に…!」
「名前?」
「いい加減に、私と八左ヱ門のデートを邪魔するの止めてよお兄ちゃん!!」
「…っ、私は、私は絶対に!お前たちの交際を認めない!」
「お兄ちゃんなんかだいっ嫌い!」
「な、」
「これ以上邪魔するならお兄ちゃんとは絶交だから!」
「…いけどんで竹谷を叩きのめす」
「そんな事したら私自殺するからね」
「………」
「絶対だからね!」
「…何か、ほんと、すみません…」

かくして八左ヱ門の困り顔の謝罪をもって私たちの恐怖の鬼ごっこは終了を告げ、私の兄、七松小平太は悔しそうに八左ヱ門を睨み付けるのだった。
…八左ヱ門の胃に穴が空いたら一生恨む。


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