「名字、俺と付き合ってくれ!」
「いいよー」
なんて、軽い調子で受け入れられた告白に呆気に取られた俺に名字は言った。
「私、一年生の頃から竹谷くんの事ずっと好きだったんだ!」
にっこり笑った名字に真っ赤になって黙り込んだ俺に名字がよろしくね、と続ける。
俺はやっぱり何も言えずにただ頷いて名字の手をぎゅっと握った。
…のが、もう一年前になる。
あれから俺たちは進級して、五年生になった。
今では話をするだけで真っ赤になったり、手を握る覚悟を決めるのに四半刻かかったり、キスをするのに延々と悩んだりなんて事はなくなっていて、当たり前ってほどじゃないけど、まあ自然にできるようになっている。
照れはあるにはあるけど、恋人同士なんだしそんなに遠慮しなくてもいいんだって分かってきたというか…。
つまりは恋人同士として過ごすのが当たり前な存在になっていた。
で、だ。
そうなるとやっぱり次の段階に進みたいと思うのは当然で、俺はここ最近ずっとその事で悩んでいる。
だって俺は進みたいと思っていても名字はそうじゃないかもしれない。
もしがっついてるとか思われて引かれたら俺は立ち直れないだろう。
「はあ…」
知らず知らずの内にため息がもれて、がっくり頭が下がる。
こういうのって普通はどうやってそこまで持ってくのかなあ。
女の子と付き合うなんて名字が初めてだし、よく分からない。
そりゃ色の授業をやる事もあるけどどっちかといえば苦手だし、何より本当に好きな相手と実習じゃ全然違う。
「うああああ…!」
「…何やってるの?」
「うおっ!?…あっ名字!?いつからそこにっ!?」
「今来たとこだよ。それでどうしたの?何か悩み事?」
「い、いや、その…な、何でもない…」
名字の質問に正面切って答えられるぐらいなら最初から悩んでいない。
これが三郎辺りならもっと上手くやるんだろうけど…俺には無理だ。
こんなだからへたれだの奥手だのってあいつらにバカにされるんだよな…なんて、分かっててもどうにもできない。
「…竹谷くん、やっぱり何か悩んでるんじゃない?」
「いや、うん、大丈夫!」
「でも明らかに何か悩んでます!って顔だし…」
「う、でもほんとに大丈夫だから!」
あくまでも大丈夫と主張すれば名字は納得していなそうながらも分かった、と頷いてくれた。
一応、これ以上突っ込む気はないようで話題を変えて見なかった事にしてくれた名字の優しさにきゅんとする。
付き合い始めて一年以上たった今でもこんな感じで何度も惚れ直しているせいで三郎なんかには万年バカップルなんて言われたりするけど、バカップルで何が悪いんだと思う。
「…あ、そう言えばこの間ね、鉢屋くんにお前たちはどこまで進んでるんだ?って聞かれたよ」
「へえ、三郎が…って、えっ!?」
「だから未だにキス止まりだよ、って言っといた」
「えええっ!?」
な、何を聞いてるんだ三郎の奴!
そんで何で素直に答えてるんだ名字!
素直なのは名字のいいとこでもあるけどそこは素直にならなくていいんじゃないか!?
い、いやていうか、名字は未だに、って言ったよな!?
…って事はつまり、あれだよな?
名字は先の段階に進むのが遅いって思ってる…って事だよな…?
「あ、あの、」
「うん、何?」
「…ええっと、その、あれだ、」
「うん?」
「おっ、おまえを、」
「私を?」
「おまえを食べちゃいたい…!」
…って、うああああああ!!!
俺は何をストレートに言ってるんだ!?
ほらもっと雰囲気とかなんかあるだろ!?
何だよ食べちゃいたいって直接的過ぎるだろ!
馬鹿!俺の馬鹿!
きっと名字だってどん引き…
「いいよー」
…してなかった!?
「えっ、いいのか!?」
「うん、じゃあ今日の夜に竹谷くんの部屋行くね」
「きょ、今日!?」
「うん、同室の人によその部屋に泊まって貰ってね。くのたま長屋だと罠がいっぱいあるし、他の子にバレたら面倒だから」
「う、うん、分かった…」
…え、ほんとにいいの?
戸惑う俺に構う事なく名字はじゃあまた夜に!と笑顔で言って立ち去って行った。
「………」
あんまりにも早い展開についていけないまま、ぼんやりと思う。
ああやっぱりくのたまって何か怖い、と。