俺が委員長代理を努める生物委員会は下級生が多く、一年生の虎若、三治郎、孫次郎、一平、三年生の孫兵、それから俺、竹谷八左ヱ門の六人という一年生ばかりの構成だ。
人数だけ見れば充分と思えるかもしれないが、生物委員会では孫兵のペットも含めて毒虫や毒蛇を扱う事も多く一年生には任せられない事も沢山あって常に人手が足りていない。
孫兵はまだ毒虫たちの扱いは慣れてるから任せてる部分が多いとはいえ、上級生が自分だけなのはなかなか辛いものがある。
「特に予算会議がな…」
「そっか…大変なんだね竹谷くん…。…あ、でも予算会議はともかく普段の活動は私も出来るだけ手伝うよ!」
グチる俺に、にこっと笑ってそう言ってくれたのは伊賀崎名前。
名字から分かる通り三年い組の伊賀崎孫兵の姉で、俺と同じ五年生のくのたまだ。
今は逃げ出した孫兵が飼ってる毒蛇の捜索を手伝ってくれているところで、伊賀崎は毒虫が逃げたり毒蛇が逃げたりした時にこうやってよく手伝ってくれる。
しかも俺たちじゃ探しに行けないくのたま長屋の捜索を伊賀崎がしてくれるおかげでくのたまからの苦情も減り、感謝してもし足りないぐらいだ。
その上何か手伝いのお礼をしようとすると孫兵が迷惑をかけてるからと言って遠慮するし、くのたまとは思えないほど優しくていい奴なのだ。
正直くのたまとしてやってけるのか心配になったりもするけど…一度そう言ったらくのたまだからっていつも色を仕掛けてる訳じゃない、なんて笑われてしまった。
でもまあ何にせよ、伊賀崎は俺を助けてくれる良い奴、ってのは間違いない。
事実、今もこうやって手伝ってくれてるし、更に出来るだけ手伝うなんて言ってくれたし。
「うーん、でももう充分伊賀崎には手伝ってもらってるからなあ」
「そう?たいした事はしてないと思うんだけど」
「いや、充分だって。ほとんど毎日生物委員会に顔出してるだろ」
「え?そうだった?」
「そうだって。昨日は毒虫の餌探し、一昨日はジュンコ探し、そのまた前は毒虫探し…ほら、毎日手伝ってくれてる」
考えれば考えるほど伊賀崎はまるで生物委員の一員みたいに活動に参加している。
流石に申し訳ないと思うけど、気付けばいつの間にか一緒に活動してるんだよなあ。もちろん迷惑なんかじゃないし、めちゃくちゃ助かってるけど…。
「伊賀崎、本当に大丈夫なのか?お前だってやる事あるだろ?」
「やる事?うーん別にないよ。それに生物委員会の子たちって素直でかわいいし、なにより孫兵と一緒にいられるから」
「孫兵?孫兵なら別に姉弟なんだしいつでも一緒にいれるんじゃ…」
「それが最近私が話しかけても面倒そうな顔をしたりするの。反抗期なのかなあ…」
孫兵の奴、なんの用事もなくても伊賀崎と一緒にいれる権利を持ってるってのになんて贅沢な!
羨ましい…いやいや、そうじゃないだろ、俺!
「えっと、多分あれだろ、照れくさいんだろ。そういう年頃っていうかさ」
「そういうものかなあ…」
「そうだって!その内また素直に甘えてくるようになるよ、きっと」
「そっか、そうだよね。ありがとう、竹谷くん!」
そう言って笑った伊賀崎の笑顔にどきどきしながら頷いてみせれば、伊賀崎は竹谷くんって本当に優しいね、なんて言ってくれる。
あー、やっぱり伊賀崎かわいいなあ。
現金だとは思うけど伊賀崎とこうやって一緒にいられるんなら生物委員会で頑張ってきて良かったと思う。
生物委員じゃなかったら伊賀崎と知り合う事もなかっただろうし。
「生物委員でほんと良かった…!」
「え?どうしたの急に…って、あっ!あそこにいるのは…おーい!孫兵ー!」
「…姉上、何をやっているんですか?」
「何って毒蛇探しだよ」
「何故姉上がそんな事をしているんですか」
「えっ、だって逃げたのは孫兵の毒蛇でしょう?だったら姉である私が手伝うのは当然…」
「当然じゃありません。それに毒蛇はもう見つかりましたから大丈夫です」
そっけなく伊賀崎にそうやって言う孫兵の腕には確かに逃げ出した毒蛇が巻き付いている。
でもいくらなんだってそんな言い方はないだろう。
伊賀崎は孫兵がいるから生物委員会の活動を手伝ってくれてるんだ。
なのにこんな言い方をして…反抗期だとしても見逃す事はできない。
「孫兵、お前なあ、」
「わ、わあっ、竹谷くん、別にいいの!私が勝手にやってるんだし、孫兵は何にも悪くないんだから!」
「伊賀崎、でも…」
「いいの!それより一年生の子たちに見つかった事を教えないと!」
「僕がもう知らせましたので、姉上はどうぞお引き取り下さい」
つーんとした態度で孫兵が言うと、伊賀崎は寂しそうにそっか、と頷いた。
そんな表情の伊賀崎は見た事がなくてなんだかこっちまで悲しくなってくる。
「…伊賀崎、」
「あっ!名前先輩だ!」
「ほんとだ!名前せんぱーい!」
何か声をかけなきゃ、なんて思って口を開いたけど、何かを言う前にそれは一年生たちに遮られてしまった。
孫兵から知らせを受けたらしい一年生がわらわら集まってきて、伊賀崎はあっという間に囲まれてしまう。
うーん、和むけど一気に一年生たちにかっさらわれたような…。
…ん?もしかして孫兵が伊賀崎をさっさと追い払おうとしてたのってこれが原因か?
「…こいつらばっかり構うんじゃなくて…俺にも構ってくれ、ていうか自分にだけ構ってくれ、って事…?」
「なっ、何言ってるんですか竹谷先輩!」
「孫兵…お前ジュンコに対してはあんなに素直なのに人間に対してはツンデレなんだな」
「ちっ、違いますから!全然違いますからあああ!」
らしくなく叫ぶやいなや顔を赤くしながら怒ってどこかへ走って行った孫兵を呆然と見送っていると、それに気付いた伊賀崎が慌てて追いかけていくのを見ながら思う。
ああ、きっと伊賀崎の中で生物委員の優先順位は孫兵、一年生、俺の順なんだろうな、って。
「…頼むから、もっと俺にも構ってくれ…」
がっくりうなだれた俺の呟きを拾う人間は、いない。