「いらっしゃいませー!」
「おっ、名前ちゃん今日もかわいいね!」
「あはは、どうも!お兄さんも相変わらずかっこいいですね!」

そんなやり取りを交えつつ、次々にやってくるお客さんをどんどんさばいていくけど、ちょうどおやつ時の甘味屋からは客足が減る気配がまったくない。
最近人気が出てきたため余計に毎日大忙しなのだ。
おかげで店の親父さんの機嫌が良いのは喜ばしい事なんだけど…こう毎日忙しいとさすがにキツいなあ…。
なんて、そんな事を考えてる間にも注文は次々に入って考える暇もなくなる。
こんな調子でお店は大繁盛、あっという間に材料が切れて今日の営業は終了だ。

「名前ちゃんお疲れさま」
「お疲れさまです!」
「今日はもう上がりでいいわよ。用事があるって言ってたでしょう?」
「わ、気を使ってもらってすみません。それじゃお言葉に甘えちゃいます」

ぺこりと頭を下げてお礼を言うと気のいい女将さんは気にしなくていいのよ、と笑顔で言ってくれる。
女将さんはいつも笑顔の優しい人で、気難しい親父さんと上手くやっていけるのはこの人だからだろうなあと思う。
私はあの親父さんとずっと一緒にいろと言われたら泣く。
だって気まずいもの。
女将さんすごいなあと思いつつ前掛けを外して帰り支度を終わらせる。
と言っても荷物は手ぬぐいと小銭入れぐらいなので帯の間に突っ込んで終わりだ。

「それじゃあ失礼します」
「あ、名前ちゃん、これ持っていって」

呼び止められて女将さんが出してくれた包みを見るとどうも中身はお団子のようで、しかも店で一番人気のみつ団子だった。
材料はなくなってしまった筈なのになんで?
不思議に思って受け取れないでいると女将さんが遠慮しないでといいながら私に団子を持たせてくれる。

「最近忙しいけど名前ちゃんがよく頑張ってくれてるから助かってるのよ」
「女将さん…ありがとうございます」

女将さんに一生着いて行きます!なんて気持ちになりながら頭を下げると、女将さんはにっこり笑って気にしないでと言ってくれた。
本当に優しくて素敵な女将さんだ。
こんな女将さんがいるからこそこのお店は人気だし、私も辞めないでずっと働いていられるんだと思う。

「遠慮なく頂いていきますね。それじゃ、」
「すみません!まだありますかっ!?」

もう一度女将さんに軽く頭を下げて店を出ようとした時、だった。
ものすごい勢いで駆け込んできた男の子がそう焦ったように言って、それから店内にお客さんがいないのを見るとみるみるうちにがっくりした表情になる。
言わなくてももう今日は売り切れてしまったのが分かったらしい。

「ごめんなさいね、もう今日は店じまいしちゃったのよ」
「で、ですよね…はあ…」

落ち込んだ様子の男の子はそれでもすぐにシャキッと背筋を伸ばして、それから騒がせてすみませんと言って頭を下げる。
丁寧な男の子の態度になんだかいいなあと思っているうちに男の子は失礼します、とお店を出ていってしまった。

「…あ、ええと、それじゃあ今度こそ帰ります。お団子ありがとうございました」
「ええ、気を付けて帰ってね。また明日」

笑顔の女将さんに私も笑顔を返してお店を出る。
さて、お団子があったかいうちに食べたいし、早く友だちの家に行かないと。
そんな事を考えながら走り始めると少し行ったところにある甘味屋の前でさっきの男の子が立っているのを発見した。
ここで買う事にしたのかな、なんて思ったけど男の子はずいぶんと渋い顔だ。
…買えなかったのかな。

「…あのう、大丈夫ですか?」
「ん?あ、さっきの店の」
「はい、先ほどはどうも。渋い顔ですけどどうされたんですか?」
「…実はお使いで来たんだがどこも丁度売り切れで買えなくて…ここでこの辺りの甘味屋は最後でさ。参ってたとこなんだ」

がりがり頭をかく男の子は心底困ったようにため息をつく。
お使いを頼んだ人はよっぽど面倒な人らしく、団子以外ならどうかと聞いてみたけど団子じゃなきゃだめらしい。
って言ってもどこも団子が売り切れじゃ…あ、

「…これは提案なんですが」
「ん?」
「実は今、ちょうど予定外に女将さんから頂いた団子がここにありまして」
「うん」
「宜しければこれを差し上げるので、またうちの店に食べに来ていただけますか?」

さすがにタダで女将さんから貰ったものでお金は取れないし、とはいえまるっきりタダで貰うのもこの子の気が引けるだろうからそう言うと男の子はきょとんとしたあとぱあっと輝くような笑みを浮かべた。

「貰っていいのか!?」
「はい、どうぞ」
「っ、ありがとう!」

…あ、れ?
ぎゅっと手を握られて、笑顔を向けられて、何度も感謝されて。
たったそれだけなのに、私は男の子にすっごくどきどきして頭がぼーっと熱くなってしまう。

「それじゃ、悪いけど貰ってくな!」
「…あ、あの、お名前は…?」
「俺?俺は竹谷八左ヱ門。君は?」
「私、名字名前と言います…」
「そっか、本当にありがとな、名字さん!」

にかりと笑う竹谷くんにまたどきりと心臓が痛くなる。
これは、あれだ。
完全に恋だ。

「じゃあまたお店に食べに行くから!」
「あっ、は、はい!待ってます!」

笑顔で手を振って走っていく竹谷くんを見送ってぎゅっと拳を握る。

「竹谷くん…」

狙った獲物は逃さない、スーパー肉食系女子と町で噂されるこの私がぎらりと目を光らせ気合いを入れる。

「…絶対に、落とす!」

そう宣言した私がこの一ヶ月後、まんまと竹谷くんとお付き合いを始めるのはまた別の話。

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