「名前、待てよ!」
「うるっさいなあっ!ついて来ないでよ!」
「名前!」

なんでこんな言い争いになってるんだ、なんて頭の片隅で冷静に考えながら名前の腕を掴む。
こんな風に無理やり引き止めれば怒りを煽るってのは分かってるけど、他にどうしようもない。
ただとにかく名前をこのまま行かせるのはよくないって事だけは確かだった。

「名前、おい、話聞けって!」
「ほっといてよ!」
「落ち着けって!」
「ほっといてってば!」

ばしり、空いてる手で俺の顔に平手を喰らわして名前は俺から逃げようとする。
だけどそれを許す訳にはいかない。
きっと今名前と話ができなきゃこの誤解は解けないままになるに違いないからだ。

「っ!…逃がすかよ!」
「はっ、放しなさいよ!!」
「駄目だ、絶対に逃がさない!」
「…っ、放して…!」

泣きそうな声で放してと繰り返す名前を抱き締めながら何でこんな事になったのかを思い返す。
…何度思い返そうと断言出来る。
全部が全部、三郎のせいだ。

名前が俺の部屋に来る少し前、俺と三郎は来週の実技テストの話をしていた。
実技テストの内容は街に恋仲の振りをして情報収集をするっていう内容だ。
いつもなら俺は他の奴と組むし、三郎も雷蔵と組むんだけど今回は違った。
雷蔵が三郎に頼り過ぎちゃうからと断ったのだ。
当然、不破雷蔵あるところ云々とまでいうほど雷蔵にべったりな三郎は相当なショックを受けて、俺に八つ当たりをしてくるという最悪の結果に。
俺は雷蔵に三郎と組んでやって欲しいと頼んだけど…一度意志を固めた雷蔵は頑として頷いてくれなかった。
ますます最悪だ。
そんなこんなで雷蔵は他の奴と組む事になり、仕方なく俺と三郎が組む事になった。

で、未だに雷蔵と組めなかった事をぶちぶち言う三郎を宥めながら、どんな風にテストをこなすか計画をたててたところに名前はやってきた。
いつもなら気配を感じさせないけど、ちょうど部屋の近くで兵助に会ったらしくこの間の豆腐ありがとう!なんて言ってる声が聞こえてくる。

「あいつ…こんな堂々と忍たま長屋来んなよ…」
「…八左ヱ門」
「ん?何だよ三郎」「気晴らしには悪戯をするのが一番だと私は思う」
「はあ?何だよいきなり」
「鈍い奴め。つまりお前と名前で気晴らしをするという事だ」

はあ?ともう一度繰り返すと同時。
テストの打ち合わせのためか、持っていた女物の着物でを一瞬で身にまとい、更にくのたまの誰かに変装した三郎が俺をがばりと押し倒した。

「なっ…!?」
「竹谷くん…」

声までしっかり変えた三郎がにやりと笑いながらそう言った直後、その時はやってきた。

「ハチい、る…?」

名前、と名前を呼ぼうとした声は三郎の手に塞がれ、しかも更にのしかかってきたせいで名前の方から見たらたぶんキスをしてるように見えただろう。
にやつく三郎を殴ってやろうと思ったけど、それより名前の方が早かった。

「…くたばれ、浮気野郎!」

そう言うが早いか持っていた本を俺と三郎の方に投げつけ、走り去る名前は流石くのたま五年生なだけあってものすごく素早い。
いつもなら感心するとこだけど、今日は名前のその優秀さが憎らしかった。

「どけっ!三郎!」
「おわっ、」

あっさり押し退けられた三郎には構わず、すぐに起き上がって名前の後を追う。
一瞬見えた名前の顔は泣きそうな表情だった。
もちろんいつも強気で弱味なんか見せない名前にあんな顔をさせちまったなんて…と悔しいけど、でも同時に名前が傷付いた顔をしていた事に不謹慎だけど少し嬉しくなる。
あれって嫉妬、してくれたんだよな?
そんな事を考えて口元が緩みそうになるけど、すぐに表情をぐっと引き締めた。
どう考えても喜んでる場合じゃない。
名前の性格的にこのままじゃ話も聞いてもらえずに別れるとか言われそうだ。

「よしっ!」

そう気合いを入れて走る速度を上げ、ようやく追い付いた俺と名前のやり取りが冒頭なのだった。

「…名前、聞いてくれ。あれは勘違いだ」
「いい、言い訳なんか聞きたくない」
「本当に誤解なんだ。…あの女は、」
「聞きたくないってば!」
「聞け!あれは三郎の変装だ!名前がいる事に気付いてからかったんだよ!」
「…嘘」
「嘘じゃない。信じられないなら今すぐ三郎に確認しにいこう」
「………」
「名前」

俺の言葉に黙り込んで俯く名前は何を考えてるかよく分からない。
ただぎゅっと唇を噛み締めて泣くのをこらえてるように見える。

「…名前、驚かせてごめんな。でも俺、絶対に浮気なんかしない。好きなのは名前だけだ」
「…ほんとう、に…?」
「当たり前だろ!お前がいんのに他の女に目移りなんかするもんか!」
「…うん」

ようやく笑顔で頷いた名前と俺が仲直りのキスをしたのと同じ頃。
この事態を知った雷蔵が三郎を問いつめ、その悪戯のたちの悪さに怒って恐ろしい制裁を加えていた事を俺たちは知らない。


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