※血表現、暴力表現等含みますので苦手な方は避けて下さい。


忍ならば心を殺し、どのような状況においても冷静な判断をしなくてはならない。
たとえそれが他から見れば非情な判断だったとしても。
私が今この場で求められているものはまさしくそれなのだろう。
頭では分かっている。
けれど、でも。
それが出来ないのだと、心が知っている。

「…竹谷、八左ヱ門…」

目を伏せ、懐かしい名前を紡ぐとつきりと胸が痛くなる。
竹谷八左ヱ門、それは私がまだくの一のたまごだった頃に可愛がっていた後輩の名前だ。
同じ委員会に所属し、学園での行事では共に過ごす事の多かった後輩。
その後輩とまさかこんな風に敵対する事になるとは思いもしなかった。
…忍ならばこういう事もあるのだと、そう知りながら気付かない振りをしていたのかもしれないけれど。


「…先輩!名前先輩!」
「あら、どうかした?」
「蝶の孵化が始まりそうです!来て下さい!」

そう呼ばれて竹谷くんについて行くと、生物委員会で飼育している蝶が確かにさなぎから飛び出して蝶になるところだった。
ふるふると羽を広げて必死になる姿は美しいとは言い難いけれど愛らしくなる。

「素晴らしいわね」
「はい!すごいです!」

今年入学したばかりの竹谷くんはきらきらと顔を輝かせて蝶が入っているケースをじって見つめた。
こちらも可愛らしいこと。
そんな事を考えながら頭を撫でてやれば竹谷くんは驚いた顔になったあと嬉しそうににっこり笑う。
およそ忍を目指しているとは思えない、太陽のように明るい笑顔。
それがまだ一年生だからなのか、それとも竹谷くんの性格故になのかは分からない。
けれど卒業を控えた六年生である私がもう浮かべる事のない笑顔なのだろうと思う。
忍なんてなるものじゃない。
まだたまごのくせにそんな事を考えて自嘲した。


そうしてそんな事を思い出す私は結局忍なんて、と言いながら戦忍として生きる事を決め、こうして戦場でかつての後輩と命を削る事になっている。
ああ、竹谷くんは今、私に気付いているんだろうか。
気付いていて、それでも私に獣を差し向ける、優秀で非情な忍へと成長したんだろうか。
あの太陽みたいな笑顔はもう見れないんだろうか。

胸が苦しくなりながらそれでも体は手慣れた動きで襲いかかってくる狼へ手裏剣を撃つ。
狼がそれをかわして横に飛ぶが、着地点に向かって更に苦無を投げれば狼は甲高い声を上げて吹っ飛んだ。
まずは一匹。
何匹の狼がいるのか気配を探りながら木の間を移動し、追ってくる狼ともう一つの存在に舌打ちする。
狼は少なくともあと三頭はいるようだ。
それをどうにかしなければ殺される。
私が、竹谷くんに。
あの、虫や獣が死ぬと泣きじゃくっていた後輩に。

ずきりと痛みを訴える胸を無視して、木の下を走る狼へ撒き菱を放る。
先頭を走っていた狼が踏み、怯んだところへ手裏剣を投げた。
上手く足に当たり、堪えきれずに横転した狼に巻き込まれて後をついていた残りの二匹の足も止まる。
巻き込まれただけの二匹が持ち直して追走してこないよう、撒き菱を更に撒きながら駆け抜けた。
これで狼の足止めはとりあえず完了。
つまり、あとは私と竹谷くんの一対一。

「…殺せる、大丈夫」

小さく呟いて唇を噛み締める。
今まで沢山の人間を殺してきておいて今更知り合いだから殺せないなんて言える筈がない。
大丈夫、私は、竹谷くんを、殺す。
すうっと息を吐いて、呼吸を整える。
近付く気配に神経を研ぎ澄ませて、考える。
相手を効率良く仕留める方法を。

「っ!」

気配を殺し、追い付いて来た竹谷くんに向かってあらかじめ仕掛けてあった罠を作動させる。
けれど竹谷くんはすぐさま横に避けながら私が潜む場所へ正確に寸鉄を投げた。
苦無でそれを叩き落とし、更に手裏剣を打てば弾かれ、そのまま距離を詰めようと竹谷くんは足を踏み込む。

「…かかった!」
「なっ!?」

竹谷くんが進んだ場所には細い糸を張り巡らした足を釣り上げる罠を仕掛けてある。
上手くそこへ誘導できた事にほっとしながら、それでも油断はせずに忍び刀を取り出した。

「くそ、」

悔しげにぎり、と歯を噛みしめる表情を目に焼き付けながら隠れていた場所から竹谷くんのそばへ降り立つ。
近くで見た竹谷くんの顔は卒業したあの頃と比べて大分たくましくなってはいたけれど、それでも懐かしい面影があって悲しくなる。
私はこの後輩を今から殺さなくてはならない。

「………」
「…知ってるか…?」
「え?」
「獣ってぇのは、追いつめられた時が凄いんだぜ?」
「な、ぐうっ!?」

にや、と笑みを浮かべた竹谷くんに警戒態勢を取った直後、どすんと強い衝撃を受ける。

「っ、いつの、間に…!」
「あの程度で俺の狼を完全に足止めできるとでも思った…っ!?名前、先輩…?」
「…っ、たけ、やくん…」
「せ、先輩が、何で!」

すっと冷たい忍の表情が剥がれ落ち、竹谷くんの顔に昔のような表情が現れる。
人懐っこくてかわいい後輩の顔。

「先輩、今すぐ手当てを!」
「馬鹿を言わないで…私は敵でしょう…」
「けど!」
「自業自得…善悪を省みずにお金で動くからこういう事になるのよね…」
「名前先輩…」
「素晴らしい忍になったわね、竹谷くん…」

荒くなる呼吸を何とか整えながら笑えば、竹谷くんは泣きそうな表情を浮かべる。
せっかく褒めたのに敵の忍にそんな顔を見せたら台無しでしょう。
仕方ない子、と昔のように頭を撫でれば竹谷くんはぽとりと涙を零した。

「懐かしい。飼育してる子たちが死ぬ度、あなたこうやって泣いてたわね」
「…先輩とあいつらじゃ違います」
「そうね、あの子たちの命の方が尊いわ」
「何言ってるんですか!」
「ごめんなさい。嫌な思いをさせてしまって」

けほ、とむせ込めばこぽりと溢れて来る血液。
ああ、苦しい、な。

「…最後だから言うけど、私、あなたの事を好き、だったの」
「え?」
「五歳も離れてる、のに、何でかしら…」
「せ、先輩…」
「好きよ、竹谷くん、今でも、好き…」

ふ、と笑って目を閉じる。
竹谷くんの声はもう聞こえない。
さようなら、私の太陽。



「…先輩、名前先輩、起きて下さい」
「…ん…」
「ほら早く!もう日が昇ってから随分たちますよ?」

そう言われてぱかりと目を開けると目の前いっぱいに竹谷くんの顔が広がっていた。
確かに太陽は今日も昇っている。
そんな事を考えてふふと笑えば竹谷くんは不思議そうな顔をした。

「あの日の夢を見ていたのよ」
「…あの日」
「うん、そう。随分前なのにはっきり思い出せるわ」
「俺も、そうです」
「竹谷くんには辛い思いをさせてしまったわね。ごめんなさい」
「…今は幸せだからいいんですよ」

そう言いながらぎゅっと私を抱き締めて、竹谷くんはもう離しませんと切なげな声を出す。
私はもう離れませんと笑う。

「また生まれ変わっても、絶対に見つけますから」
「うん、信じてるわ」

二人で笑って、そして誓いのキスをひとつ。
…ふたつ、みっつ。

「…よっつもいる?」
「いりますよ。何度だって」

ああまったく、仕方のない太陽さまだこと。


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