拍手SSまとめ | ナノ
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その『あがつま』という名前らしいお兄さんを知ったきっかけは、放課後、普段あまり行かない方のファーストフード店までなんとなく足を伸ばしたこと。

そもそも小腹が空いたしポテトでも食べようかなと思って入ったその店舗には、見慣れたカウンターだけでなくまるでカフェみたいにおしゃれなそれも併設されていて。
なんだあれ初めて見た…と驚きながらも、つい興味がわいてしまった体は自然とそちらへ向かっていた。
色とりどりのマカロンやケーキ、美味しそうな期間限定フラッペのポスター。
本当にここはあの有名なファーストフード店か?別のコーヒーチェーン店に間違って入っちゃったのかも。と思ってしまうような光景が広がっていたのだけれど、私の目はそれらを一切無視して、カウンターの中で忙しそうに動き回っている金髪のお兄さんをただただ追い続けていた。

それが、この恋の始まり。
放課後はそのお店でお兄さんの淹れてくれたエスプレッソを飲んで帰るのが日課になった。

今日もまっすぐカフェ側のカウンターへ向かうと、あまり混んでないからかお兄さんがレジ対応までしてくれるみたいだ。ラッキー。
「いらっしゃいませ」といつもの可愛らしい笑顔で出迎えてくれたので、こちらも慣れた手つきでメニューを指さし「エスプレッソひとつ、店内で飲みます」と注文する。
なのに何故かなんとなくもの言いたげな空気を感じてメニューにやっていた視線を上げると、困ったように眉を下げて私を見ているお兄さんと目が合ってしまった。

「え、と…?」
「あっ!申し訳ございません!エスプレッソおひとつですね!」

何か粗相をしてしまっただろうかと内心焦りつつ首をかしげると、途端にワタワタと慌てた様子でレジを打ち始める。
何だったのかよくわからないけどその後のやりとりは特にいつもと変わらず、丁寧な手つきで差し出されたカップを受け取って定位置につく頃には、もうそんな些細なことは気にならなくなっていた。ちょっとぼーっとしちゃったんだろう。毎日お疲れ様です。

スマホを見ているふりをしつつ、時折本当に友達とメッセージのやり取りをしながら、ちびちび、ちびちび、と、ゆっくりお兄さん特製のエスプレッソを飲む。
…あれ、ちょっと見てない隙にお兄さん居なくなっちゃった。休憩とかかな。カウンターに『CLOSE』って札、置いてあるし。
早く戻ってこないかなあ、と思いながらスマホに目線を戻したとき、急に後ろから「あの、」と声がかかって思わず肩がビクンと跳ねてしまった。
振り向かなくてもわかる。声をかけてきたのはあのお兄さんだ。カウンター内にいないと思ったら、なぜ後ろに。

「わっ。すいません、そんなに驚くとは…」
「い、いえ、あの、何ですか?」

もうちょっと可愛いこと言えないのか、私よ。とりあえず振り返ってお兄さんが声をかけてきた意図を尋ねると、右手に持っていたお皿を何も言わずにコトンと私の前に置く。
載っているのはピンクと茶色のマカロンがひとつずつ。いつもショーケースの中でカラフルに並んでるやつだ。
意味が分からなくてもう一度お兄さんを見上げると、さっきレジの前で見せた困ったような顔と目が合った。

「あのさ、きみ毎日それ飲んで時間つぶして、る?、けどさ…、たぶん苦いの好きじゃないよね?そんな音するし」
「………はい。でも、お金がなくて」

そう。実をいうと私は苦い飲み物が苦手だ。カフェオレですらちょっときつい。本当はあの甘そうなフラッペとかが飲みたい。
なのに頑なにエスプレッソを頼み続ける理由はずばり、カフェで提供されている飲み物の中で一番安いから。
毎日通っていると、たった数百円の出費でもちりも積もればなんとやらで。限られたお小遣いで生きる高校生にとって金銭不足は死活問題なのである。
音ってなんだ?そんな嫌そうにズルズル飲んでた?っていうか毎日来てるのバレてるじゃん!と内心パニックになりつつも切実な理由を簡潔に説明すると、お兄さんがお皿の上をすっと指さした。

「これ、そのエスプレッソよりちょっと安いしさ。お金が理由なら今度からこっちにした方がいいと思う」

飲み物は水くださいって言えばいいよ。恥ずかしいかもしれないけど、気にしてないから。
お兄さんが優しさでそう提案してくれているってことは、ちゃんと理解している。
でも違う、違うんだよ、そっちの方が安いのはもちろん知ってるけど、それでもエスプレッソばっかり頼んでたのは。
初めてお兄さんとたくさん話して緊張していたのもあるだろう、思ったことがとっさに口から出てしまっていた。

「お兄さんが作ってくれたものが飲みたかったから!」

…こんなの、私の気持ちバレバレじゃないか?少しだけぽかんと口を開けたお兄さんの顔、みるみる赤くなってっちゃってるし。
どうやって誤魔化そうかと心臓をバクバクさせていたら、お兄さんの方が先に、赤くなった顔のまま視線をずらしてぼそりとつぶやいた。

「…そんなん直接言ってくれれば、ココアとかさ、勤務外でいくらでもお入れしますけど」

「それ俺からのおごりデス。マネージャーにばれたら怒られるから内緒にしてね」と言ってそそくさと席を離れていく。後ろからでも赤くなった耳は隠せていなくて、帽子の黒と髪の黄色、耳の赤の三色のコントラストが、やけに記憶に残った。

勤務外、ってなに?プライベートってこと?そんなこと言われたら私みたいな幼気な高校生は期待しちゃいますけども。
とりあえず私が毎日ここに来てる理由はもうバレちゃったと思うんですけど、明日からも変わらずお兄さんの顔見に来ても、迷惑じゃないですか?


せっかくのお兄さんからの提案はまるっと無視してそれでも毎日エスプレッソを頼み続ける私に、カップの陰に隠して小さく折りたたまれた連絡先のメモが渡されるのは、また別の日のお話。



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