拍手SSまとめ | ナノ
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「やねよーりーたーかーい♪こいのーぼーぉりー♪」

家族への帰宅の挨拶もそこそこに、今日という日にぴったりな童謡を口ずさみながら二階へと上がる。そのまま自室のドアをガチャリと開ければ、中にはパーカー姿の善逸が胡座をかいて居座っていて、「…やたらと上機嫌ね」と、弄っていたスマホをローテーブルに置きながらその金色の髪を揺らした。
いくら幼馴染とはいえもう高校生にもなるんだし、異性の部屋に勝手に入っちゃダメよと、いつもならお説教の一つでもしてみせるところだけど。今は他ならぬこの子に用事があったから、尋ねていく手間も省けたということで特別に不問としてあげよう。
私は休日出勤のお供をしてくれたスーツのジャケットをハンガーにかけることも後回しにして、手に下げていたビニール袋をごそごそといじる。中から白い紙の箱を取り出し、善逸のスマホの横に置いた。その蓋をいそいそと開ければ、姿を表したのはハーフのロールケーキが一つ。

「見て見て!駅前のケーキ屋さんでね、可愛かったから買っちゃった!」
「ん、鯉のぼりじゃん」

そう、鯉のぼりを模した子供の日ロールケーキ!クリームは可愛らしい薄桃色、鱗の部分は苺のスライスで表現されていて、大きなクリクリした目玉の部分はチョコレートかな。とにかく見た目が抜群に可愛くって、衝動的に購入してしまったのだ。もう夜だからか割引済みで、良心的なお値段だったし。

「善逸に、はいどうぞー!」
「ええ…?これ俺用なの…?」
「もっちろん!こどもの日、だからね!」

両手でじゃじゃーん!とアピールしてみせたけど、善逸は「いつまでも子供扱いすんなって何回も言ってんのにさあ…」と、不満そうに唇を尖らせた。そんなこと言ったって、私は『お隣さんのぜんいつくん』が生まれた時から、その成長を見守ってきたんだもん。現に彼はまだ高校生で、私は既に大学も経て社会人。10とはいかないまでもそれなりに歳が離れているんだから、私の中のこの子はいつまで経っても「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」と必死にまとわりついてきたガキンチョのままだ。

「まーまー。フォークもつけてもらったから!善逸はもう晩御飯済ましてきてるよね?食べよ食べよ!」
「へいへい」

ビニールの中に入れてもらっていたプラスチックのミニフォークを取り出し、二つあったうちの片方を善逸に手渡す。ピリ、とギザギザの部分に爪をかけ丁寧に小袋を開ける善逸と、フォークを袋の片側に押し込んで力任せに突き破らせる私。結果的には二人とも難なく取り出せたそれを手に持って、「「いただきまーす」」とそれぞれ鯉のぼりの体に突き立てた。

「んん!おいしー!」
「…ほんとの子供はどっちなんですかねえ……」

切り分けることさえせず口に放り込んだケーキは、ふわふわの甘々で最高に美味しかった。くどすぎないクリームに、ちょっと酸っぱい苺がマッチしていいかんじ。ぱく、ぱく、と小気味良いリズムでケーキを口に運んでいたのに、何故だか突然善逸が距離を詰めてきて、私はキョトンと動きを止める。
その瞬間、ぺろり、と生温かい感触が、唇の端を掠めていった。

「………は!?」
「クリームついてたから」
「えっうそ。ほんと?」
「ほんと。俺にありがとうは?」
「あ、ありがと…。……って!いや違う!なんで舐めたの!?それにしてもついてるよって教えてくれるか、指で取ってくれればよかったのに!」
「そんな平和なことしてたら、お前はいつまで経っても俺のこと子供扱いし続けるでしょうが!」
「!!!!」

…この子はいつの間に、こんな顔するようになってたんだろう。切なげに眉を寄せて見つめてくるその表情は、確かに立派な『男の人』で。鼻水を垂らして泣いていた記憶の中の小さな『ぜんいつくん』が、少しずつ、でも確実に、男の顔をした目の前の善逸に塗り替えられていく。
今日は、こどもの日。こどもたちが元気に育ち、大きくなったことをお祝いする日。…確かに、そうなんだけど。そんな急に成長されたら、祝ってる場合じゃなくなっちゃうよ。

「………」
「………」

お互いの顔がじわじわと赤く染まっていく。次に何を言えばいいのかわからなくて、至近距離で見つめ合ったまま動けない。やがて善逸のスマホが「LIME♪」とメッセージの着信を唐突に告げ二人して盛大に飛び上がるまで、一触即発の空気は続く。ずっと変わらなかった二人の関係が少しずつ変化していくその始まりを、鯉のぼりケーキの大きな目玉チョコレートだけが静かにじーっと見守り続けてくれていた。



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