前田まさおは、かく語りき | ナノ


  大団円?〜前田まさおは、かく語りき〜


「ズボン履くことにしたんじゃなかったのオオオオ!?」

善逸の悲痛な叫び声が蝶屋敷中を駆け抜けた。台所で下拵えをしていたアオイが、善逸さんまた騒いでる…と包丁の柄をぎりぎり握りしめて青筋を立てる。訓練場で全快したなまえの鍛錬に付き合っていた、なほ、すみ、きよの三人は、目の前で発せされたそれのあまりの爆音ぶりに、ただ耳を必死に塞いで煩いですー!と抗議することしかできない。
一方その叫びを真正面から浴びたなまえ本人はというと、ケロッとした顔でおわったー?と言いながら、先回りして装着していた耳栓をきゅぽんと外していた。つけておかないと鼓膜が死ぬぞ、と勘が告げたらしい。彼女の想い人は声が大きいので、出会ってすぐの頃から耳栓だけは肌身離さず持ち歩くことにしている。

「いやーそれがさ、脚出てないと勘は鈍るし、動きも遅れるしで。そのせいでこないだも怪我しちゃったし、元に戻すことにしましたー!」

あっけらかんと事後報告するなまえに、任務の合間に軽く様子を見にきただけであったはずの善逸は、訓練場の入り口から動けないまま思わず絶句して白目を剥いた。一時期気まずい空気になってしまったとはいえ自分が仕掛けた荒療治のおかげでやっと、やっとまともな格好になってくれたと思ったのに。今目の前にいるなまえは、悲しいかなもはや見慣れてしまった短いスカートに膝上の靴下、という出立ちに逆戻りしていた。

「直接こう、ビリビリくるっていうかさ。蜜璃先生の教えてくださる動きを模倣するにも、ズボンは股のところが避けちゃいそうでやりにくいし。おかげさまで勘も体も絶好調だよー!」

療養中、なまえは甘露寺蜜璃と話をして、正式に彼女の継子となった。それは善逸も既に本人から報告を受けている。柱の継子に不埒な真似を働く愚か者は少なくとも隊士の中にはいないはずなので、なまえの貞操を守るといった点でも願ったり叶ったりだ!と善逸は喜ばしく思っていた。けれど、またその脚を放り出すとは聞いてない。直接手は出せなくても、凝視することならできてしまうのに。
ようやっと自分のものになったなまえが、また飢えた狼達の注目を一身に浴びることになる未来をなんとか変えられないか。でも本人の主張通りなら、ズボンを無理矢理履かせたらまた勘が鈍って大怪我を負ってしまうかもしれない。どうすれば、どうすれば…、と思考を巡らせる善逸もなんのその、なまえは「うーんやっぱ私も先生みたいに、胸元も開けるべきか…?」と更にとんでもないことを言いながら釦を弄り始めた。善逸は慌ててなまえに駆け寄り、その手を引っ掴んで釦から離させる。

「だめだめだめえ!それだけは本当に、絶対にだめえ!!」
「えー?もっと強くなれるかもしれないし、胸元も開けてみたら先生みたいに色気たっぷり可愛くなれるかもしれないじゃん!」
「こらあああ!?やめなさいほんとにいいい!?色気とかいらんので!これ以上撒き散らさなくていいので!なまえが柱の継子になれたのは誇らしいし俺も嬉しいけどさあ、悪影響が過ぎませんかねえ!?あんなことがあったってのに、お前は本当にアホなのかな!?」

体の動きがようやく怪我前のそれに戻って上機嫌だったなまえの顔が、むっすりと不満の色に染まる。血走った目で見降ろしてくる善逸に負けじと、眉間に皺を寄せて見つめ返した。

「善逸の方こそ、お母さんやめるんじゃなかったの!?だーいすきな私のこと、これからはベタベタに甘やかしてくれるんじゃなかったの!?」
「そりゃ俺だってそうしてやりてえよ!でもそんなん、許せるわけないでしょうが!アホの子なまえちゃんにもわかるように言ってあげましょうねえ!?つまりそういうのは、俺の前以外では禁止だっつってんの!!」

なまえの頬が途端にぽぽっと朱に染まる。掴まれたままの手を恥ずかしげににぎにぎとさせながら伏し目がちになって「…そういうお説教なら、大歓迎かも」と囁くように呟くので、先ほどまで喚いていた善逸も口を閉ざしてカアッと耳まで赤くなってしまった。

「善逸の前でだけだったらいいの?可愛いって、言ってくれる?」
「えっ、あっ、そりゃ言いますけども、そんなの見せられちゃったら俺、それだけで終われるか怪しいところだなと申しますか、」
「いいよ。善逸のことが好きだから、何されてもいいって言ってるでしょ?」
「〜〜〜〜!!??!!??」
「好き。好きだよ。善逸が大好き。今まで言うなって怒られて我慢してた分、これからはたくさん伝えてもいいんだよね?好き、好きなの、私は善逸が、」
「わわわかったァ!!わかったから一回落ち着かせてくれよお!心臓に限界がきて死んじまうよォ…!!」

先ほどまでと一変して恋人らしい甘酸っぱい空気を醸し出し始めた二人を見て、なほきよすみの三人は顔を見合わせてからそろぉっと訓練場を後にした。善逸と同じくなまえの様子を見にきた炭治郎、伊之助と廊下でばったり出くわすと、「今お二人はお熱いところなので、お邪魔してはだめです!」と見事に人払いをしてみせる。
せっかく炭治郎さん達が来てくれたのでお茶にしましょうと五人仲良く台所へやってきた彼女達の中になまえと善逸だけがいないのを確認したアオイは、これで少しは静かになるといいんですけど、とため息をつきながらも優しく微笑んだ。

けれど彼らはまだ気付いていない。ゲスメガネと渾名される鬼殺隊縫製係・前田まさおに、最強にして最悪の武器を与えてしまったことに。
それは、事例。みょうじなまえという一人の女性隊士の戦い方に完璧に即した隊服を、彼自身が見出し見事支給してみせたという、事例だ。
そうして、前田まさおは以前よりふてぶてしい態度で、いけしゃあしゃあとこう言うのだ。「私はそれぞれに一番合うと思う隊服を支給しているだけですよ。そちらがそういう厭らしい目で見るのが、悪いんじゃないですか?」と。

 

[back]


×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -