前田まさおは、かく語りき | ナノ


  無限列車のその裏で〜恋柱邸にて〜


「ああー!もう!なんで何回やっても勝てないのー!?」

最近のなまえは、善逸の見舞いへ行ったついでに機能回復訓練へ乱入するのが毎回お決まりの流れになっていた。今訓練に真面目に取り組んでいるのは炭治郎だけなので、なまえ一人が増えたところで特に問題はないらしい。
負傷したわけでもないので、非戦闘員のアオイにはすぐ勝てた。でもどうしてもカナヲに勝てない。反射訓練でも、全身訓練でも。
炭治郎も負け続けてずぶぬれだと凹んでいたが、なまえは滅多なことでうじうじする性格ではないので、むきー!と両腕を振り回し叫びながら、その日も蝶屋敷の廊下を歩いていた。
すると、任務から戻ったらしいしのぶが向こうの角からひょこっと顔を出した。

「それはカナヲが、全集中・常中という技を会得しているからです。これができるのとできないのでは、実力に大きな差が出ます」
「全集中・じょーちゅー?」

対面に近づいてきたしのぶから、技を出す瞬間だけでなく寝る時も食べる時も、常に全集中の呼吸をすることです!とニッコリ説明され、なまえの顔が固まる。え?技出す時にするだけでも結構大変なのに?と。

「常中ができるようになるだけで、なまえさんは今より劇的に強くなれるでしょう。背中を預けてもらえる存在として、新しい魅力を善逸君に売り込めるかもしれないですね!」
「!!!!」

単純ななまえをやる気にさせることなど、しのぶにとっては赤子の手をひねるようなものである。善逸の名前をちらつかせれば、面白いくらいになまえの瞳が輝いた。

「やります!私やります!常中!!」
「はい!頑張ってください!」

胸の前で両手をグッと握って宣言したなまえに、しのぶも同じポーズをとって激励する。
しかしその時、廊下をぴゅーと優雅に飛んできた鎹ウグイスがなまえの頭にちょこんと降り立った。

「ホケーキョー、ホケキョ!」
「…任務入っちゃった……」
「なまえさんは負傷されてるわけでもないですし、仕方ないですね。合間で少しずつ訓練していきましょう」

なんとも間の悪いことになってしまったが、そんな場合の対応もしのぶにとっては朝飯前で。今後の訓練の流れをあげながらそっと笑いかけると、「はい!頑張ります!」となまえの目は再び輝いた。

結局、任務最優先で訓練に励んだなまえが全集中・常中を会得したのは、遅れて訓練を開始した伊之助と善逸の二人がそれを会得したのとそう変わらない頃だった。

その数日後、善逸が炭治郎たちと一緒に旅立つというので盛大に見送ってから、中庭でしのぶに全集中・常中を維持しながらの太刀筋を見てもらっていた時のこと。

「なまえさんはいつもどんな風に戦ってらっしゃるんですか?」
「どんなふうに、ですか?ええと…なんかこう、びびっとくるんですよね。あっこのままだとまずいぞ!とか、あっここでこんなふうに切ればいけるぞ!とか。その感じのまま動いてます」

なまえは自身の勘について説明しながら、まるでそこに今まさに爪を振るう鬼がいるように地面を蹴って素早く飛びのいたり、刀を横なぎにして頸を切る動作を取ってみたりする。
しのぶが顎に手を当てて、やはりそうですか…とふんふん頷いた。それから人差し指を立てて、いつもの笑顔を浮かべる。

「これまで何度か動きを見させていただいて思ったのですが、なまえさんは恋柱の甘露寺蜜璃さんに教えを請うと、さらに強くなれるかもしれないですね」
「恋柱さん、ですか?」
「はい!あの方は体がとても柔らかいんです。なまえさんの天性の勘と雷の呼吸の素早く直線的な動きに、恋の呼吸のしなやかさも加われば、よりなまえさんの実力が引き出せるかもしれません」

紹介状を書きましょうか?と問われたなまえが気にすることはひとつ。

「恋柱さんに教わったら、私は善逸のこと守れるくらい強くなれますか?」

その返事が肯定であるならば、なまえがそれを拒否する理由はどこにもない。こくりと頷いたしのぶに、「よろしくお願いします!」と勢いよく頭を下げた。
善逸が秘かに蜜璃となまえの邂逅を阻止せねば…と思っていたことは、勿論この二人が知る由もない。


***


蜜璃に送った鴉は半刻も待たずに受け入れ了承の返事を携えて戻ってきた。今夜はちょうど任務がなく、今から来てもらうのが一番都合がいいとのことだった。
世話になった蝶屋敷の面々に元気よく別れの挨拶をして、さっそく恋柱亭に向かって出発する。善逸たちとなまえが一日で一気に旅立っていった蝶屋敷は突然静かになってしまって、きよ達三人がそれを大層寂しがったとか。

しのぶからもらった地図を片手に歩いて到着した恋柱邸は、蝶屋敷同様立派なつくりをしていた。
蝶屋敷にはその名の通り蝶が飛んでいたが、恋柱邸にはなぜか蜂が飛んでいて、なまえは首を傾げた。虫はちょっと怖いんだけどな、と。
けれどせっかくここまで来たのに蜂如きにひるんでいる場合ではないので、気合を入れなおして勢いよく引き戸を開け、玄関に声をかける。

「ごめんくださーい!みょうじなまえです!ご教授いただきにまいりました!よろしくお願いします!」
「はーい、いらっしゃーい!貴女がなまえちゃんね!さあ、あがってあがってー!」

奥の方から、なまえの声を聞きつけた甘露寺蜜璃が元気に走ってきた。彼女は桜餅のようなかなり奇抜な髪色をしていたが、なまえの目線はそこではなく、顔の下、たわわに揺れる両胸に全て注がれていた。思わず、バッと自分の胸に両手を当てる。小さくはないと思うけど、隊服の釦がとまらないほどでは到底ない。

「せっかくですもの!まずはお茶でもしながら話しましょう。なまえちゃんが来るって聞いて、今日は色々用意してあるのよ!」

常に人との距離感が近い蜜璃が、初対面にもかかわらずなまえの右手をぎゅっと握って屋敷内を奥に進んでいく。なまえの方も似たようなものなのでその点は問題ないのだが、どうしてもちらちらと胸部に目がいってしまうのは仕方のないことだった。近くで見るそれは、主張も迫力もすさまじい。
これは善逸に会わせるわけにはいかないな、とすぐになまえは思った。目をはぁとにしながら盛大に鼻血をぶちまけてぶっ倒れる姿が容易に想像できる。じゃあ自分が同じようにしてみたら一体どんな反応をするだろうか…と思いながら空いた左手で胸元の釦をいじっていたら、「さあ!楽しみましょう!」と蜜璃が立ち止まった。

顔を上げると、目の前の中庭には丸い西洋机が設置され、その上には所狭しとこれまた西洋の甘味が並べられていた。添えられた椅子の数は二つ。
パンケーキにゼリー、クッキー、チョコレート。どれも初めて見るものばかりだったがなまえも流行に敏感な年ごろの女の端くれとしてその存在を知ってはいたし、一目見ただけでさぞ美味しいんだろうなとわかって、口の中が瞬時によだれでいっぱいになってしまった。

「紅茶も入れましょうね!パンケーキもさっき焼きあがったところだからまだほかほかよ!」
「は、はい!ありがとうございます!」

促されて椅子に座りながら件のパンケーキに注目すると、綺麗な黄金色のとろっとした蜜がふんだんにかけられていて、何だろうこれはとなまえが首をかしげる。それに気づいた蜜璃が「うちね、養蜂してるのよ!巣蜜パンケーキです!とーっても美味しいのよ〜!」と説明してくれて、だから蜂が飛んでいたのかと合点がいった。

二人分の紅茶が入り、ぽかぽかとした陽気の中お茶会が始まる。西洋の甘味はどれも信じられないくらい美味しくて、善逸にも食べさせてあげたいなあ〜と、離れた距離にいるこんな時でも想い人のことをついつい思い出してしまう。
とはいえ恋柱邸には遊びに来たわけではないので、しのぶにも話した自分の戦い方や受けた助言を蜜璃に説明した。それを受けた蜜璃が、自身の鍛錬に取り入れている柔軟を一緒にやってみないかとなまえに提案する。

「なるほど、柔軟ですか」
「そう!体が柔らかくなれば、勘に対しての体の反応速度が飛躍的に上昇すると思うわ。これまで頭ではわかっていても対応できなかった動きに、しっかり応えられる体を作っていきましょう」
「おおお…!よろしくお願いします!先生!」
「きゃあっ!先生だなんて、照れちゃうわ〜!」

食べ終わったら早速やってみましょうか、と蜜璃が言い終わるかどうかというところで、なまえのウグイスがまたホーホケキョ!と鳴いた。既視感に襲われながら「…に、任務だそうです……」となまえが言うと、蜜璃はあらまあと残念そうに眉を下げる。
けれどその重い空気を振り払うように、落胆するなまえの肩をポン、と叩いて、すぐにまぶしい笑顔を浮かべた。

「任務なら仕方ないわね。でも無事に終わったら、ぜひここに帰ってきてくれたらいいわ!そのとき私がいれば一緒にお稽古ができるし、もし不在でも一人で試せるように色々準備しておくわね!」


***


恋柱邸に足を運んでよかった。なまえは甘味で膨れたおなかを撫でながら、るんるん気分で指定された場所へ走る。
辿り着く頃にはもう夕暮れ時になっていた。落ちていく太陽に全身を紅く染めあげられながら山のふもとのその場所へ近づく。今回は合同任務のようで、何人かの鬼殺隊士が既に集まって各々任務へ向けて準備を進めているのが見て取れた。
「階級・壬!みょうじなまえです!本日はよろしくお願いします!」と元気よく挨拶をし、下げた頭を上げる途中で、その輪から外れている一人の隊士に気付いた。山により近い場所で大きな岩に座り込んで遠くを眺めている、あの孤高の後姿は。

「あれっ?獪岳?獪岳だあー!」

なまえと善逸よりも早く鬼殺隊士として桑島亭を旅立っていった兄弟子の獪岳だった。久々の再会に嬉しくなって、なまえは満面の笑みを浮かべて軽やかな足取りで駆け寄った。

「久しぶりー!元気にしてた?」

けれど獪岳は特に反応を見せることなく彼女を無視した。相変わらず不愛想だなと頬を膨らませたなまえが無理やりその視界に飛び込むと、真っ黒な目だけが動いてぎろりとその姿を捉えた。

「…やっぱりお前のことだったか」
「? なにが?」

獪岳が大きくため息を吐く。桑島亭で共に暮らしていた頃と変わらない能天気な顔で目をぱちぱちさせるなまえに、苛立たし気にチッと舌打ちした。

「噂になってんだよ。柱でもない下っ端のくせに、脚も下着も放り出してるとんだ阿婆擦れ隊士がいるってな。それが雷の呼吸の使い手だっていうからまさかと思えば…」

眉間にしわを寄せて、紅と影との濃淡でより艶めかしく映るその短いスカートと脚をにらみつける。なまえは無意識に、両手を前にやって布地をぎゅうと握りしめた。

「カスと二人揃って雷の呼吸の品を下げるんじゃねえよ。恥をかくのは俺や師範なんだぞ。ちったあマトモになってみろ。できねぇなら二度と俺に近づくな」

それだけ言うと獪岳は大岩から飛び降りて他の隊士たちがいる方へ不機嫌そうに去っていってしまった。残されたなまえは動くことができずに、先ほどまで獪岳がいたその場所を揺れる目で見つめ続ける。

「…他の人がどう思おうが、関係ないもん……」

師範だって、似合うって言ってくれた。そう小さく呟いたなまえは心に渦巻いた暗く重い靄を振り払うようにぱちんと自身の両頬を叩いてから、集合の合図をかける任務責任者のもとへ駆け出した。

 

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