前田まさおは、かく語りき | ナノ


  乙女は乙女の味方〜蝶屋敷にて〜


白い外套を身につけ髪に蝶飾りをつけた同期の女の子を、蜘蛛化治療のため頭から足先まで包帯ぐるぐる巻にされた状態で見た時。一番最初に思ったのは「丈の長いスカートちゃんとあるんじゃん」だった。
それから療養先に運ばれて、同じく蝶飾りをつけた蟲柱の人をまじまじと見た時には「てゆうかやっぱり女性隊士でもズボン履いてるじゃん!」と思った。初対面の時は極限状態過ぎてそんな余裕はなかったから。
さらに、蝶屋敷と呼ばれるその療養先兼蟲柱・胡蝶しのぶさんのお屋敷には、もう一人アオイちゃんという女の子の隊士がいて。
その子もきっちりズボンを履いていたのでやっぱりなまえの方が少数派じゃねえかと思いながらまじまじと眺めていたら、助平と勘違いされて全身で嫌悪感を露わにされてしまった。つらいことばっかりだ。泣きそうですよ、俺は。

さらに今日はおかしな出来事もあった。
村田とかいう知らない隊士が炭治郎の見舞いに来てずぅーっと愚痴を言い続けるものだから、しばらくは何なんだコイツ…と思いながら眺めていたんだけど。
そしたらふと話が途切れて「…そういえば、この中に雷の呼吸を使う奴っている?」と突然言い出したのだ。
「あ、はい、俺、ですかね…?」と言いながら短くなった手をそろそろと挙げると、「ふぅーん、お前がねえ…」と意味ありげにまじまじ見つめてくる。
な、何なんだよ。男から見つめられたい嗜好は俺にはないぞ。
ちょうどその時病室に「こんにちは」とやって来たしのぶさんの姿を見るや否や村田さんはそそくさと帰ってしまったので、その態度の理由を聞くことは結局できなかった。
けど、あれは明らかに俺のことを知ってる態度だった。会ったことあるとかじゃなくて、誰かから聞いたことあるみたいな。
どこかで可愛い女の子が噂してくれてたりするんだろうか。雷の呼吸を使う超絶格好いい隊士がいるのよ!!って。
…はいはいわかってますよそんなことあるはずないってね。ちょっとした夢くらい見させてくれてもいいじゃんか。

そうやって悶々と考えているうちに、『機能回復訓練』とかいう何かを始める宣言をしたしのぶさんがさらっと病室から出ていこうとしているのに気づいた俺は、その背中を慌てて呼び止めた。

「あっ、あの、しのぶさん!ちょっと聞きたいことがあるんですけど!」
「? どうされましたか?」
「あの、まずもって俺は、決して変態ではないです。それを前提に聞いて欲しいんですが!!その、女性の隊服について、教えていただきたいんですけれども!!」

突然どうしたんだと俺を見ていた炭治郎が、合点がいったというようにハッとする。
しのぶさんは不思議そうにしながらも俺の剣幕から真剣さを読み取ってくれたのか、そばにあった椅子に腰掛けて聞く姿勢になってくれた。
ほっと胸を撫で下ろして、まずはなまえのことを端的に説明する。
同門の妹弟子が、普通にしてても下着が見えそうなくらい短いスカートを支給されたこと。妹弟子はアホな子なので、ちっとも嫌がらずそれを履いて任務に出ていること。
口を挟まず一通りを聞き終えたしのぶさんは、にこりと笑った。

「あぁ、なるほど。それは前田さんという、縫製係の隠の方の仕業ですね」

柱だから何か知ってるんじゃないかと期待してしのぶさんを頼ったとはいえ、こんなにすぐに問題解決の糸口を見つけられたことに正直驚いた。ついつい前のめりになってしまう。

「しのぶさん、知ってるんですか!?」
「ええ。私も入隊時に同じものを渡されましたが、目の前で燃やしてやりました!」
「燃や…っ?」

前のめりになったまま、固まった。
しのぶさんは笑ってるけど、笑ってない。音が、音がすげぇことになってる。炭治郎も匂いで何かを感じ取ったのか、微妙に顔を引きつらせちゃってるもん。
もともとこの人の音って規則性がなくてちょっと怖いなと思ってたけど、怒らせたらまずい系の人かもしれない。

「それで、善逸君はどうしたいんですか?」
「あっ、ええと…やっぱりできればしのぶさんみたいにズボンを履いて欲しいと思ってます!!それが無理ならせめて、カナヲちゃんが着てるみたいな長めのやつを…。でもあいつ、何回言っても短いスカート履くのをやめようとしなくて」

状況を理解した上で俺の希望まで聞き取ったしのぶさんがスッと普通の笑顔に戻って「まず、」と人差し指を口に当てた。

「前田さん対策としては、油とマッチをお貸しできますよ。私がしたように目の前で燃やして、ズボンをよこせと言ってやればいいんです!カナヲとアオイにも持たせてあります」

なんという荒療治。でも実際にそれで適切な隊服を獲得した人の言うことだから説得力がある。
けれど、戸惑いながらもそれが一番近道かと考えていたら、しのぶさんの可愛らしい笑顔が困りましたと言いたげに少しだけ陰った。

「でも本人の意思で着ているとなれば、その理由の方をなんとかしないと問題解決には至らなさそうですね」
「た、確かに…そうなんですよねえ…。でもズボン履けって言うのと同じくらい理由も聞いたんですけど、教えてくれなくてぇ…」

そうなのだ。俺は聞いた。何回も何回も。なんでそんなに短いスカートにこだわるのかと。見られて恥ずかしいとか思わんのかと。
そのたびに奴は「バカ善逸には教えない」とそっぽを向いて、一向に口を割ろうとしなかった。

しのぶさんと二人で「困りましたねえ…」と首をひねる。すると黙って話を聞いていた炭治郎が上を向きながら「そういえば」と何かを思い出したようで。

「本人の意思、で思い出したんですが。柱の人たちの中にも、なまえと同じくらい短いスカートの人が居たような…」
「恋柱の甘露寺蜜璃さんですね。彼女も前田さんに騙されたうちのお一人です。けれどあの方は、今は納得されて自分の意思で着てらっしゃいます」
「俺の見間違いでなければ胸までこぼれ落ちそうになっていたような気がするんですが、あれも…?」
「はい。前田さんは若い女性隊士とみると、わざと丈が小さかったり短かったりする隊服を支給するんです。同じことを繰り返すので困った方なんですが、特殊な繊維を扱える貴重な職人なので、無碍にもできなくて。こちら側で対処するしかありません」

な、何ィ!?胸がこぼれ落ちそう、だってぇ!?魅惑的な響きに思わず鼻の穴が膨らんでしまうのを抑えられない。最後の方のしのぶさんの話は正直あまり聞いてなかった。
それは是非拝ませていただきたい!…じゃなくて。なまえとその人が鉢合わせないようにしなければ。あの子馬鹿だから、絶対影響されて更に大変なことになる。…ああでも、俺が一目見させていただくだけなら問題ないよなあ…?

危うくこぼれ落ちるおっぱいの誘惑に負けそうになっていたその時。比較的静かな屋敷内に、遠くの方からドタバタと駆けてくる音が響き始めた。
…ああ、これは。絶対やらかすぞ。
そう思った俺の予想通り、数秒後には、勢いを殺し切れずにズベェーン!とすっ転ぶ音が部屋のまん前から聞こえてきた。そして開かれる扉から顔を出したのは案の定、打ち付けた後頭部を撫でながらえへへと笑うなまえだった。

「善逸ー!お見舞いに来たよー!」
「いやお前まで怪我したらどうすんだよ。落ち着きなさいよ本当に」

軽く小言を言いながら俺は思い出していた。
今日と同じようにすっ転んだなまえが、そんなことは全く気にも止めず真っ青な顔をして「ぜんっ、善逸!!怪我したって聞いたんだけどっ!!」と病室に飛び込んできた日のことを。あれは確かここに運び込まれた翌日だったか。
「ぜんいつ、ぜんいつ、ほんとに、無事でよかった。生きてて良かった…!」と、縮んだ俺の体に痛いくらい縋って大泣きされた。短くなってしまった手じゃうまくその頭を撫でてやれなくて、歯痒い思いをしたっけ。

それからなまえは任務の隙間を見つけてはこうして俺の見舞いに足繁く通ってくれている。嬉しくはあるけど、俺としてはもうちょっと落ち着いて、ちゃんと歩いて来てほしい。後からアオイちゃんに怒られるのは結局俺なんですよ。

「なるほど、この方が善逸君の妹弟子さんだったんですね」
「えっ?なまえと面識があるんですか?」
「ええ。那田蜘蛛山でお会いしましたね」
「はい!その節はありがとうございました!改めまして、みょうじなまえと申します!よろしくお願いします!」
「此方こそよろしくお願いします」

にこやかな笑顔で優しく接するしのぶさんになまえの方はといえば、存分に懐いていく構えである。爺ちゃんに見せていたような、年上の人間に甘える表情を浮かべている。
というかなまえもあの山に居たのか。気付いてなかったな。十二鬼月に遭遇したのがなまえではなく炭治郎で良かったとほんの少し思ってしまった。いっぱい怪我したのに、ごめんな炭治郎。

唐突にしのぶさんが椅子から優雅に立ち上がって、顎に手を当てて「うーん」と唸りながらなまえの恰好を上から下まで観察する。その様子は傍から見ていて思いっきりわざとらしい。

「なまえさんは、どうして短いスカートを履いてるんですか?」
「へ?突然何の話ですか?」
「細かいことはお気になさらずー!純粋な興味です!」

えっ…。それはちょっと話の流れに無理があるんじゃないですかね、しのぶさん。
でもなまえはアホの子、もとい細かいことは気にしない性格なので、特に引っかからなかったらしい。
「それはですねえ!」と元気いっぱいに答えかけたけど俺の存在を思い出したのか、しのぶさんに顔を寄せて耳打ちしようとする。
けれどまた、あっ!と声をあげて俺の方をチラッと見てから、「ちょっとこっちに来てもらえますか」と、しのぶさんを部屋の外まで引っ張っていってしまった。
耳をそばだてても、しのぶさんが「ふんふんなるほど…」と相槌を打つ声以外何も聞こえない。
くそー、なまえのやつ、俺の耳対策で筆談か何かに切り替えやがったな。

やきもきしながら待っていると、しばらくして仲良く戻って来た二人は私たち通じ合いましたとでもいうようなニコニコ顔で、何となく嫌な予感がした。
しのぶさんが両手をそろえて、可愛らしく首をかしげる。

「私はなまえさんを応援したいと思います!」
「………。ッハァーーーー!!??」

思わず声が裏返った。この人今なんつったー!?ついさっきまで俺の味方してくれてたよねえ!?
流石の炭治郎もこれには驚いて、ぱちぱちと目を開閉させた。
そんな俺たちを気にも止めず、しのぶさんは「それが本人にとって真剣なものであるなら、目的を成し遂げるための手段は人それぞれですから」と宣いながらなまえを優しく見守っている。

「きゃっ。しのぶさん最高です!大好き!」
「あらあら」

これでもうなまえはしのぶさんに骨抜きにされてしまった。嬉しそうに頬を染めて、しのぶさんの右腕に抱きついちゃってるし。
今のしのぶさんがなまえさんズボンを履きましょうとでも言ってくれれば、二つ返事で了解しそうなくらいの好感度なのに。そのしのぶさんは既になまえの肩を持ってるなんて、嘘すぎるでしょ。

「なまえさんのお時間が大丈夫であれば、これから一緒にお茶でもしましょうか」
「いいんですか!?」
「ええ、もちろんです。カナヲ達にも声をかけましょうね」

驚きと、味方と思っていた人が一瞬で寝返った絶望で動けない俺をよそに、仲睦まじくくっついたまま部屋を出ていく二人。
そりゃあ、そもそもしのぶさんの方は『機能回復訓練』の話さえ済めば俺たちへの用は終わってたんだもんな。でもなまえはさ、俺の見舞いに来てくれたんじゃなかったのかよ。

思わず白目をむいて二人の背中を見送るしかない俺を、炭治郎が気づかわし気に見ている。
女性二人が居なくなって途端に華のなくなった部屋に、ずっと起きていたらしい伊之助のガラガラの声だけが空しく響いた。

「チカラニナレナクッテ、ゴメンネ…」

 

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