前田まさおは、かく語りき | ナノ


  それこそが理由〜那田蜘蛛山にて〜


他の隊士と合流して那田蜘蛛山に足を踏み入れた瞬間から、みょうじなまえの勘はびしびしと告げていた。この山はやばい、相当やばい。と。

その感覚が正しかったとわかるまで、そう時間はかからなかった。ハッと気付いた時には何故かこちらに刀を向ける同僚たちに囲まれていたからだ。
さらに悪いことに、太刀筋をいなし、避け、逃げるうちに、どんどん最初の位置から離れ、他の隊士たちとはぐれてしまった。
なまえは冷や汗を垂らしながら、どこから何が襲いかかってくるかと注意深く周囲の気配を探る。そしてまたぞわりと嫌な予感がしたと思った瞬間、何かに操られるようにして左手の自由が唐突に効かなくなった。そのまま左足、右足、胴体、と、どんどん何かに絡め取られていく。

それは、勘が素早く働いたことで可能となった咄嗟の対応だった。

利き手である右手だけは何者かの支配から"庇い"、引き抜いた刀で自身の周囲に張り巡らされた見えない何かを切り裂いた。

なまえには生まれつき、誰よりも鋭い勘が備わっていた。そのおかげで、親から虐待を受けても、逃げ出した先で鬼に襲われたときも、桑島に救われ弟子となってからも、勘が告げるままに攻撃を掻い潜り続けて、大怪我をしたことは人生で一度もなかった。足に力を込めて瞬発性を養う雷の呼吸は、結果的にではあるが彼女の持つ生まれながらの才能にぴったりの技だった。勘が働いても避けられるだけの素早さがないと意味がないからだ。
鎹鴉ならぬ鎹ウグイスと意思疎通が取れるのもその勘のおかげだった。何となくわかるのだ。ウグイスが何を伝えようとしているのかが。
なまえ自身に特別な自覚はなかったが、彼女に備わっていたのは俗に第六感と呼ばれる感知能力だった。

見えない何かを切り裂いたことで一旦は体の自由が戻ってきた。けれどほっとしたのも束の間、すぐにまた先程より多くのそれがなまえの自由を奪おうと襲いかかってくるのを感じた。
足に力を込め飛び上がって避けようとしたが、今度は全身がギュルギュルと何かに巻き取られる様な感覚がして、縛り上げられる様な形で空中で身動きが取れなくなってしまった。
完全に動けなくなる前にかろうじて遠方へと繋がっている何かを斬り伏せることはできたけれど、腕は胴体に、脚もひとまとめに簀巻きにされてしまったようで、うまく受け身を取れずに太めの枝に「ぐえっ」と引っかかった。

(ま、まずい…!)

このままでは次に来る攻撃にどうやっても対処できない。訪れるだろう痛みに備えて歯を食いしばった。
けれど、自由を奪えたことで彼女に興味を失ったのか、それとも他の何かに攻撃者の意識が割かれたのか。兎に角、何故か見えない何かからの追い討ちがくることはなかった。
助かった…と息をついたが身動きは取れないので、お腹のところで枝に引っかかった状態のまま、地面に降りることができない。今の彼女はさながら天日干しされた布団の様だった。

「うーん、降りられない。困ったね…」

もがいて悪戯に体力を消費することを早々にやめたなまえは、力なくそう呟くしかなかった。

一方その頃、そこから少し離れた場所では、なまえと一緒に山に入った村田という隊士が炭治郎と伊之助を先に進めと行かせたところだった。
見えない何か…蜘蛛の糸を懸命に斬り、亡骸からの攻撃を受け流し続ける。
やがて行かせた二人が操っている本体を倒したのか、急に攻撃が止んで、操られていた亡骸たちがバタバタと倒れ込んだ。唐突に、辺りを静寂が包む。
やってくれたか、と息をついて、周囲を見回した。どこまで先に進んだのか、炭治郎たちが戻ってくる様子はない。

ここに一人でじっとしていても仕方がないし、ほかにもまだ生きている隊士がいるなら合流したい。そう考えた村田はとくにアテもないまま、刀だけは隙なく構えてじりじりと山奥へ足を進めた。
しばらく行くと、どこからか弱々しい声が聞こえてくる。

「どなたかーどなたかいらっしゃいませんかー」

助けを求める声だった。やはり生き残りがいてくれたか、と声を頼りに進んでいくと、目線より少し高い木の枝に、こちらにお尻を向ける形で何故か引っかかっている女性隊士が見つかった。
後ろからで上半身は見えない状態なのに女性だとわかったのは、言うまでもない。その隊士、なまえの短いスカートがそう激しく主張していたからだ。
村田の名誉のために言っておくが、中はかろうじて見えてはいない。

「す、すいません、鬼殺隊の方ですよね?実は鬼でーすとか言わないですよね?身体の自由が利かなくて降りられないんです!助けていただけませんか?」
「わ、わかった!」

なまえの方も、敵意を持たない誰かがそばに来てくれたことを気配で感じ取ったらしい。足首から先を微妙にバタバタさせながら重ねて助けを求めた。
見た目は特におかしなところはなかったが自由が利かないと聞いて慌てた村田は、なまえの剥き出しの脚、といっても靴下は履いているのだけれど、とにかくそれにベタベタと触れない様に気をつけながら彼女の体を枝から引き摺り下ろし、地面に横たわらせた。
意識して見ればすぐにわかる。なまえの体には先程他の隊士たちを操っていた蜘蛛の糸がぐるぐると巻きついていた。

「今自由にしてやるからな、じっとしてろよ」
「はいぃ〜」

日輪刀で、なまえの体を傷つけない様に注意を払いながら少しずつ糸を切っていく。
その過程でどうしても彼女の下半身をまじまじと見ることになってしまって、女性の脚を至近距離で見続けるなんて経験に慣れているはずもない村田の頬が赤く染まる。

「そのー、お節介かもしれないんだが、すかぁと?は、辞めた方がいいんじゃないか?耐久性に難があるし、共同で任務にあたる隊士も照れて目のやりどころに困るんじゃないかな…」
「!!!」

ぷつん。と最後の糸が切れて、刀を鞘にしまいながら、染まったままの頬で気まずそうに村田が提案する。
けれどそれを聞いたなまえは、落ち込んだり恥ずかしがったりするどころか、目をキラキラと輝かせて村田に詰め寄った。

「せ、先輩!もしかして私に、欲情しちゃいましたか!?」
「はぁぁ!?なっ、なにを突然、」

ようやっと自由になった両手を胸の前でぐっと握りしめ、村田が間違いなく照れているのを確認すると嬉しそうに笑う。

「私、好きな人から性的に見られたいんです!」
「………は?」

凡そ敵陣で交わされる会話ではない。先程まで行われていた激しい戦闘を生き抜いた安堵感からか、あまりにも暢気なそれにどうしても流されてしまっているが。

「私、同門の兄弟子のことが好きなんです!でも修行中にありのままの姿を見せすぎたせいでしょうか、過激な格好をしても、湯浴み中に突撃しても、寝てるところに潜り込んだって!辞めなさい女の子でしょうが!!…ってどんどんお母さんになっていくばっかりで、ちっとも私のこと意識してくれないんです」

なまえの脳裏に目を血走らせて叱る金髪の少年が浮かぶ。湯あみの時は壱の型の速さで目と体を手ぬぐいぐるぐる巻きの刑にされたし、寝床に侵入した時はすぐに気付いた善逸が鉄砲玉みたいに飛び出て行って、性別の何たるかを朝まで正座で滾々と叩き込まれたんだっけ。
こんなに大好きでたまらないのに、彼は他の女性に鼻の下を伸ばして夢中になるばかりで、自分のことを異性として見てもくれない。ただただ母親のように叱りつけるばかりだった。
実際は女性として意識しているからこその行動なのだが、なまえ自身はそう感じて、ずっと悩み続けている。彼女なりの形で。

「もちろん、スカートがひらひらしてて可愛いからっていうのもあります。でも兄弟子はやっぱり怒るばかりで、可愛いって一言も言ってくれなくて…。先輩、もう一度聞いていいですか!?可愛いですか!?ドキドキしちゃいますか!?」

問われた村田は根が真面目なので、混乱しながらも改めてその姿をマジマジと観察した。巷ではすかぁとというこの洋装を身につける女性もちらほらいると聞く。こんなに短くはないだろうが…なまえ自身の可愛らしい顔立ちと相まって可憐な印象は受けるし、似合っているとは思う。

「あ、ああ…。可愛いと思うよ…」
「わぁー!本当ですかー!」

一方で、村田からの他の隊士の目のやりどころが…という提案は彼女には刺さらなかったらしい。「兄弟子以外からどう思われるかとかはあんまり気にしてないので、今後もこのまま行きたいと思います!」とのことだ。靴下も隊服と同じ繊維で作られているため、耐久面でも問題ないらしい。
山に入る前の点呼で、こいつは確か階級・癸だと言っていたか。先程共闘した炭治郎といい猪頭といい、最近の新人はよくわからない…。頭が痛くなる感覚がして、村田は考えることを早々に放棄した。

「が、頑張れよ…」
「はいっ!ありがとうございます!」

おかげさまで少し自信がつきましたと嬉しそうに笑うなまえに村田は、それは良かった…と力なく笑い返すことしかできなかった。

「さあ行きましょう!この山、嫌な感じがめちゃくちゃします!鬼、沢山いそうです!」
「えっ…やっぱり一体だけじゃないのか…」

そうして二人は互いの背中を守りながら、連れ立って鬱屈とした山奥に足を進めるのだった。

 

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