前田まさおは、かく語りき | ナノ


  煌めく雷は白を携えて〜鼓の屋敷にて〜


「頑張れ炭治郎頑張れ!!俺は今までよくやってきた!!俺は出来る奴だ!!そして今日も!!これからも!!折れていても!!俺が挫けることは絶対にない!!」

その鬼はとても強く、俺は折れた肋骨の痛みで心まで折れてしまっていた。それでも、負けるわけにはいかない。
真っ直ぐに前を向き、己を鼓舞して何とかかんとか、そう気を持ち直した。…のだが。

「んぎゃあああ!!」

屋敷の前で出会った黄色い羽織を着た少女、みょうじなまえが、部屋の回転に翻弄されてゴロンゴロン転げ回っている。
体が柔らかいのか受け身は取っているし、爪の攻撃も何故かしっかり避けられているので、大きな怪我はしていないようだ。だから、問題はそこではない。

「見えっ、見えている!!申し訳ないが全て見えてしまっている!!」

彼女が転がり、ドタバタと攻撃を避ける度に、スカートが捲れ上がって中の白いものが惜しげもなく晒され続けているのだ。
鬼の方も、敵とはいえ何だこいつは…と微妙な顔をしている気がする。かと言って攻撃の手を緩めてくれることはないけれど。
折れた俺ではそれをやり過ごすだけでも精一杯なのに、チラつく白がどうしても目について気が散ってしまう。
スケベな炭治郎じゃだめだよ〜と頭の中でまた善逸が泣き始めたが、見ようとしなくても視界に飛び込んでくるのだから助平呼ばわりは勘弁してほしい!

「鬼の動きを見極めろ!無理ならせめて下着を隠してくれ!」
「そそそんなこと言われても、こんなぐるぐる回転されたらっ」
「鼓だ!右肩の鼓は右回転!左肩の鼓は左回転!右脚は前回転、左脚は後ろ回転!腹の鼓は爪の攻撃!!」

戦いながら懸命に説明するが、突然たくさん説明しないで〜!と、ゴロンゴロンは止まらない。

…俺はやれる!!絶対やれる!!成し遂げられる男だ!
骨折していようが、女性の下着が丸見えだろうが何だろうが、俺はやれる!!戦える!!

気合を入れ直すが、突然鬼が激昂して鼓を打つ速度が上がり、部屋の回転も速くなったせいでさらに目が回る。ついでにチラつく白も部屋中を縦横無尽に転げ回った。
けれど誰かの文字が手書きされた紙をたまたま避けて着地したことで、有効な戦い方を掴むことができた。これなら、いける。そう思った時だった。

「んむうううううーーーっ!!!」

なまえが、唸る。部屋の動きに無理矢理対抗しようと足に力を入れすぎて、真っ赤になった顔で。

雷の呼吸 参の型
聚蚊成雷!

鬼の周囲を細かな雷が駆け抜けた。早々に戦力外と見做していたのだろうなまえが突然煌めかせた剣戟に気を取られ、鬼の動きに一瞬の隙ができる。
この好機を逃してはならない。爪の攻撃を避け、踏み込んだ。

全集中・水の呼吸 玖の型
水流飛沫・乱!

「君の血鬼術は凄かった!!」

鬼の頸を切ったことにより部屋の回転が止まって、後ろの方から「んぐえっ」とつぶれた蛙の様な声が聞こえた。けれど俺も着地で生じた肋骨の痛みを耐えるのに必死で、気にかける余裕がない。
はーーーー!!!いだだだだい!!深く息を吸ってしまった!!
一言二言鬼と会話をして、その血を預けた珠世さんの猫を見送り、鬼の体がハラハラと散ったのを確認した後、しばらく静かに成り行きを見守ってくれていたらしいなまえがぱちぱちぱちと手を叩く。

「た、倒したー!炭治郎すごいすごい!」

褒めてくれるのは嬉しい。だがそれよりも。
頭と背を床に、腰から下を壁につける形でひっくり返ったそのままで笑っているので、正直もう、腹から下が全て捲れ上がって…丸見えだ。

「ありがとう!でも正直に言うが、見えてはいけないものが見えている!早く体勢を整えてくれないか!!」
「そうしたいんだけど、足に力が入らなくて自分で起きられないんだよ〜!炭治郎たすけて〜!」

なんだと…!?狼狽える俺に、涙目で助けを求めるなまえ。早く清たちの元へ行かないといけないし、彼女をこのまま放置するわけにもいかない。
俺は長男だ…長男だ!!もう今日何度目になるだろうか、そう自分に強く言い聞かせながら腕を掴み、逆さまになったその体をズルズルと引っぱり下ろした。
もちろん、下半身を極力見ない様に、目を瞑って、だ。俺は断じて助平ではない。



***



とは言っても、妹たち以外の下半身をあんなに視界に入れたのは人生でも初めてのことで。
善逸と禰豆子が伊之助に襲われていたくだりでは流石にそれどころではなかったが、みんなで協力して亡くなった人たちの弔いを済ませひと段落ついた今は、どうしてもチラチラと見てしまうし、気にもなってしまう。
なまえ自身は全く気にしていないようで、特に変わった様子はない。
念のためもう一度だけ屋敷を見回ってくると戻っていくその背中を見送りながら、俺はハァとため息をついた。

「おい炭治郎、まさかお前…見たな…?」
「!!」

怨霊が祟る時の声はこんな感じだろう。背後からゆらりと近づいてきた善逸が血走った目で俺を睨みつけていた。
…見た。確かに、見た。勝手に顔が赤くなってしまうのを止められなくて苦し紛れに視線を逸らすと、キエエエエ!!と叫びながら両肩をむんずと掴まれ、体をガクガク揺すられる。

「はい消してくださいその記憶を今すぐ消してください!無理なら手伝ってやるよいくら石頭でも何回か岩で小突けば意識ぶっ飛ばせるよなあ!?」
「や、やめろ善逸!不可抗力だったんだ!いたたたた!!」

肋骨の痛みを必死に訴えると、善逸はフーッフーッと鼻息荒く俺を睨みつけ続けてはいるが、手だけは離してくれた。
揺すられて詰まってしまった襟元を指で直しながらほっと息をつく。

「でも正直あれはどうにかしたほうがいいと思うぞ。ちゃんと止めたのか?」
「止めたわ!!ズボンにしろって口がからっからになるまで説明もした!!でも聞かねえんだよ!恥じらいが欠如してるんだよアイツは!」

妹弟子なんだから何とかしてくれという気持ちを込めて確認すると、善逸は相変わらず目を血走らせながらだんだんと地面を踏み締めた。成る程、それは厄介だな。何か理由があるのだろうか。
ちょうどその時「もう中には誰も居なかったよ〜」と屋敷から出てきたなまえに二人で詰め寄る。

「お前はもうやっぱりもう!!ぽけぽけ呑気な顔しちゃってるけどねえ、見えちゃってるんですよ見せちゃってるんですよ炭治郎にまで!!最初の任務とかどうしてたの!?やらかしてたよねえ絶対ねえ!?恐ろしすぎて想像もしたくないわ!!」
「俺が長男だったから良かったものの、あれは他の人たちには目の毒だ。短い方が動きやすいというならせめて股座の布地を縫い合わせないか?」

般若の様な顔で喚く善逸と、弟たちに言い聞かせる様に諭す俺。見上げるなまえは、ジト目になって心の底からうんざりしていますという顔をしている。

「お母さんが増えた…」

そうめんどくさそうに呟いた彼女の心には、俺たちの説得はどうやら全く響いていない様だ。うーん、困ったなあ…。

 

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