前田まさおは、かく語りき | ナノ


  お転婆娘、旅立つ〜桑島慈悟郎邸にて〜


何の間違いか最終選別に合格してしまった俺の元に、ついに専用の刀と隊服が到着した。
生き残ったのはただのまぐれなので返却しますと言うつもりだったのにじいちゃんに殴られて出来なかったので、渋々袖を通す。
『滅』ってなに。鬼なんて恐ろしいもんと出会ったら俺の方が滅されるわアホか。

じいちゃんにもらった羽織まで嫌々ながらも着終わったところで、俺の部屋に向かって歩いてくる音が一人分。この音は、なまえの音だ。
俺とほぼ同時期にじいちゃんの弟子になって、同じ最終選別で見事生き残り、鬼殺隊士となった女の子。ほんの少しの差ではあるけど、一応、妹弟子ということになる。

すぐに「善逸ー!入ってもいいー?」と呑気な声がして、返事をする前にスパァーン!と襖が開く。
俺がまだ着替えてる途中だったらどうすんだよ。痴女かお前は。
けれど小言を言ってやろうと開いた襖の方を向いた瞬間、飛び込んできた光景に思わず目が点になってしまった。

「みてみてー!似合う?」
「いや、いやいやいやいやいや!?何でそんな短いスカート履いてんの!?恐ろしい鬼と戦いますよって時にそんな格好おかしいでしょ!?嫁入り前の女の子がそんな足出すんじゃありませんよ!!ズボン履きなさいズボン!俺と同じやつ履きなさい!!」

ガッッッ!!と肩を掴んで目玉を剥き出しながらお説教を開始した俺に、なまえは少しだけ驚いた後すぐ不満そうに眉を寄せた。
いや俺間違ったことは何も言ってないからね?明らかにその格好の方が間違ってますから。

上は何ら問題ない。俺とほとんど同じ。羽織の色が俺よりちょっと薄い黄色で、丈が短めなくらいの違い。
問題は下ですよ。大腿の真ん中くらいまでしかないスカートに、膝上の黒い靴下。スカートが短すぎるせいで靴下吊りまで見えちゃってるし。

鬼殺隊どうなってんだよスケベの集まりかよ!?責任者はこの由々しき事態を把握してんのか!?と考えを巡らせていると、なまえは不満そうな眉に加えて唇をつんと突き出し、顔全体で遺憾であると表現してくる。

「中に専用の下着履いてるから見えてもいいし、靴下長いから脚もほとんど見えないし…」
「見えてもいいってなに!?良くないわ!どう考えても見えちゃだめでしょ!?それにそもそもそういう問題じゃないからね!?そんな短いの、ちょっとふわっとなるだけでみんな期待しちゃうんだから!あれっ?中見えるかな…?ってついつい目が行くもんなんだから!男ってのはそんなもんなんだよ!!猿なんですよみんな!!!」

この子は一体どんな育てられ方をしてきたんだよ。…じいちゃんに引き取られてる時点で、俺と同じく碌な幼少期ではなかったんだろうけども。
それにしてもさあ、この貞操観念の薄さは無くない?本当に同じ国の同じ常識の中で育ってきたのか疑わしいとすら思うわ。

「…お母さんみたい」

肩から手を離さない俺を下から睨みつけながら、なまえがぽつりと呟く。

「は?」
「私、善逸にお母さんになってほしいなんて頼んでない!可愛いね似合ってるねって言ってほしかっただけなのに!!」

俺の説教が大層ご不満だったらしい。肩を掴む手がパシンと振り払われ、涙目になって叫ばれた。
いやね、俺だって言ってやりてえよ?絶対めちゃくちゃ嬉しそうにしてくれるんだろうなってわかるしさあ。でもこれはさあ。可愛いと思うからこそ、譲れないわけであって。

「とにかくズボンにしなさい!」「やだ!」と攻防を続けていたら、最終選抜に受かった当日支給されたなまえの連絡用ウグイスが部屋に飛び込んできた。
俺がスズメでなまえがウグイスって、雷の呼吸の使い手は上から虐められてんのか?いやでも獪岳はちゃんと鴉だったな…。

「ホーホケキョ!」
「わかった!東だね!」

俺はスズメ語が全くわからないけどなまえはそうではないらしい。肩にとまったウグイスと仲良く意思疎通し始めて耳を疑った。
でもちゃんと意味がわかっているのは本当のようで、あれやこれやという間に、俺より先になまえの旅立ちのときが来てしまった。
履物は膝丈の編み上げぶぅつの様だ。
あられもないなまえの格好を見て流石のじいちゃんも何とも言えない顔をしていたけど、これが今の代では普通なんじゃろうか…と無理やり納得していた。いやでも多分絶対普通じゃねえよこれ…。

「いってきまぁーす!」

暫しの別れになるわけだけど特にしんみりするようなこともなく、なまえは元気に手を降りウグイスと共に東へ向かって駆け出した。
たったかたったかと軽やかに離れていく後ろ姿の、下の方にどうしても目がいってしまう。
ヒラヒラするスカートに、ハラハラが止まらない。それに、嫌な予感は的中してしまうもので。
ズサァッ!!とここまで聞こえてくる音を立てて、なまえが頭から突っ込む形で盛大にすっ転んだ。

「アアアアアアッッほら見ろ言わんこっちゃない!!」

慌てて駆け寄りべろんと捲れ上がったスカートをサッと戻す。あ、本当に洋装用の下着履いてるんだな。ずろぉす、だっけか、これ?
っていうか誰も居ねえよなあ誰も見てねえよなあ!?見てた奴がいたら今すぐ目ん玉引き摺り出して首掻き切ってやる!!!

「オマエはいつもそうなのよ!あっちでゴロンこっちでズベンそっちでドタンバタン!!兎に角すぐ転ぶんだから!!落ち着きなさいよ!恥じらいを持ちなさいよ!!全部丸見えだよ本当にもおおおおお!!!」

半狂乱になりながらまた説教する俺を、むくりと起き上がったなまえは擦ったらしいデコを片手でさすりながら涙目で睨みつける。
そのまま説教をまるっと無視して立ち上がると、目をぎゅっと瞑り、んべっ!と赤い舌を突き出した。

「善逸の、バーーーーーカ!!」

助けてやった俺に感謝の言葉どころか罵倒を叩きつけて、なまえはまた駆け出す。なんとか今度は転ぶことなく、やがて向こうの角を曲がり、姿が見えなくなった。
はああああ!?何なわけ!?しばらく会えなくなる俺への別れの言葉がそれ!?
憤慨しつつ家に戻るとじいちゃんも俺を憐れに思ったのか、背中を優しくポンポンとさすってくれた。

でも結局、そんな仕打ちを受けたっていうのに、なまえはこの世で一番可愛いから狼共に見つかっちまわないか心配でたまらねえよ…と思ってしまう俺がただの馬鹿でしかないってことは、悔しいけど当たってるんだよねえ…。

 

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