03 騒音メロンパンと調査報告A
深呼吸をしてなんとか平常心を取り戻し、前を向いた。
そしたら、目が合った。ドアを開けた体勢のまま何故かずっと微動だにしない、さっき入ってきたお客さんと。てっきり、もうパンを選び始めてると思っていたのに。
口をあんぐり開けて私を見つめていたその金髪の男の人はやがてぶるぶると小刻みに震え始め、そのままの右手で私を指さした。
「お」
「…お?」
「お、お、お、女の子ォ…!?」
はい、一応女の子です。ひっくり返ってしまっているその声に心の中で返事をしてみる。
余りにも面白い表情をするので顔にばかり目が行っていたけれど、よく見るとそのお客さんは私と同じ制服を着ていた。嘴平伊之助に続く、竈門炭治郎の珍妙な友達2号かも。そう私が思うより早く、バビュンと近寄ってきたその人に両手を持ちあげられ、ぎゅっと握られてしまった。
「はじめまして!!その制服はうちの生徒だよね!?炭治郎のお友達かな!?お名前は!?俺は二年の我妻善逸です!炭治郎の親友だよお!」
「え、あ、えぇと、一年のみょうじなまえです…」
「みょうじなまえちゃん!素敵なお名前だね!なまえちゃん!なまえちゃんっていうのかあ!!」
距離感の詰め方が凄いな。真っ赤な顔で目をかっぴらき、ふんふん止まらない鼻息。金の髪は本人の熱気に中てられて、たてがみのように逆立ってしまっている。
「竈門家の人以外がレジに立ってるの初めて見たよ!アルバイトしてるの?いつから?いつの間にそんなことに?」
「あ、アルバイトじゃないです。茂くんが熱を出して倒れてしまったらしくて、竈門…くんは今、看病に行ってます。私はその間、店番の代わりをしてるだけです」
「…え?そ、そうなの?」
「はい。一応クラスメイトの、よしみで」
我妻先輩、の鼻息ふんふんがぴたりと止まった。太めの眉がしゅんと下がる。「茂くんが…!?心配だなあ、大丈夫かなあ…」とぶつぶつ言っているので、思考がそちらへ切り替わったのだろう。
落ち着いたなら、この汗ばんだ手もそろそろ離してくれないだろうか。そう思っていたら、後ろに人の気配を感じた。
「こら善逸!みょうじさんが困っているだろう!」
首だけで振り返ると、竈門炭治郎が珍しく眉をきりりと吊り上げて仁王立ちしていた。あれ?もう戻ってきたの?その様子をきょとんと見ていたらずんずんと近づいてきて、我妻先輩の手を私のそれから引きはがしながら、いつものお人好しフェイスにもどって私に笑いかける。
「ちょうどすぐ、母さんが帰ってきたんだ。茂も熱でふらついて転んでしまったみたいだけど怪我はしてなかったし、寝かしてきたから大丈夫だよ」
ありがとう。本当に助かった。
結局何もできていないのにそんなにまっすぐ言われてしまったら、どう反応すればいいのかわからなくなってしまう。気恥ずかしい思いでいっぱいになり自由になった手でエプロンの裾を弄りながら慌てて視線を外すと、カウンターの前に立ったままの我妻先輩が般若のような顔で涙を流しながら私たちを睨みつけているのに気付いた。
「…俺は今何を見せつけられてるの!?今日も冨岡先生に振り回されまくった愚痴を聞いてもらいに来ただけなのに!?現実は俺だけにはトコトン厳しいねえ!?そもそも!?こんなに可愛い子と店番をお願いできるくらい仲良くなってるとか、全然聞かされてないですよ俺は!!」
早口で恨み言をまき散らしていたかと思いきや、急に店の中央に躍り出てまるで悲劇の舞台俳優のようにイイイヤァァァァァ!!!と叫び始めたその姿を呆気に取られて眺めることしかできない。
親友らしい竈門炭治郎はその姿も見慣れたもののようで、特に動揺することなく苦笑いして見守っていた。
「善逸はよくああなるけど、本当はいいやつなんだ。でも急に迫られてびっくりしただろう。大丈夫だったか?…なまえ」
「…、…、ッ!?な、な、名前!?」
「善逸がそう読んでるのが聞こえたから。だめだろうか…?」
「だめじゃ、ないけど…っ」
さらりと出た自分の名前にびっくりしてぐりんっと竈門炭治郎の方に向いたけど、捨てられた子犬みたいなくりくりとした目で見つめ返されたら言葉なんてうまく出てこなかった。
まさかクラスメイトの男子から名前呼び、しかも呼び捨てをされる日が来るとは。元居た学校でも交友関係の広くなかった私に、そんな耐性があるわけもなく。
かろうじて絞り出した駄目ではないという言葉を受けて、頬を染めて嬉しそうに笑うその顔を直視できなくて、必死に目をそらした。
キイイエエエエエとさらに叫び、振り乱され続ける我妻先輩の髪が、さっき食べたメロンパンに似てるな…ほら焦げ目のかんじとか…なんて、現実逃避をしながら。
わかったことそのC。竈門炭治郎は相当な人たらしだ。
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