パン屋の息子とパン屋の娘 | ナノ

03 騒音メロンパンと調査報告@


あれから三日間、放課後欠かさずこの竈門ベーカリーに通い詰めてわかったことがいくつかある。

その@。竈門ベーカリーの人気は本物であるということ。
天ぷらパンを食べたあの時のように客足が途絶えることは本当に稀で、店内では殆ど常に1人以上のお客さんがパンを選んだり買ったりしている。『あまり大きなお店ではないのでお昼時などのピークの時間帯には入店待ちの行列ができるほどの人気っぷりだ』という口コミが本当だということも、小耳にはさんだお客さん同士の会話が裏付けていた。
しかもその列は特に案内がなくても店内がある程度こんでいたら自主的に形成され、一人出たら一人入る、という動きまで勝手にするらしい。この街の住人がいかに心優しく、かつこの店がそんな住人たちに愛されているのかということが、このエピソードから伝わってくる。

ちょうど今も夕方のピークを迎えているようで、竈門炭治郎とそのお母さんがてんてこまいになってお客さんの列をさばき続けている。
私は今日の分の調査のために購入したメロンパンをイートインスペースで食べるふりをしながら、そんな竈門親子や店内の様子をぐるりと観察していた。すると、トレイとトングを手にして右往左往している一人のお婆さんが目についた。
パン屋に来るお客というものは、何を買うか多少迷うことはあれど割とさくっと気に入ったものを購入していく人が大半だ。だから、長時間何もトレイに乗せずうろうろしている人は結構目立つのだ。
ちらり、とレジの方を見る。竈門親子はまだまだ手が離せそうにない。
メロンパンを袋に入れなおしてテーブルに置き、椅子に鞄を残して、私は立ち上がった。

「お婆ちゃん。なにかお困りですか?」

驚かさないように隣に立ってそっと声をかけると、へにゃりと困ったように眉を下げた小柄で優しそうなお婆さんが私を見上げた。

「ああ、そうなのよ。孫が遊びに来るからねえ、美味しいパンを買っておいてあげようと思ったんだけど。どんなパンなら一番喜んでくれるかって考え始めたら、迷っちゃってねえ…」
「なるほど。お孫さんの年齢は?」
「今年3歳になったかな」
「それくらいの年だと、お惣菜系ならこのコーンがたくさん乗ったやつ、好きな子が多いですよ。甘い系ならこっちのとらじろうが、見た目も可愛くて人気です」

伊達にパパが切り盛りするパン屋に年齢と同じだけ入り浸っていたわけではない。持てる知識を参考にお婆さんにおすすめしてみたら、その顔が途端にぱぁっと輝いた。

「じゃあそれにしようかねえ!お嬢ちゃん、ありがとう」
「いいえ。どういたしまして。お孫さんと楽しい時間を過ごしてくださいね」

私が紹介したそのままをトレイに2つずつ乗せたお婆さんがお礼を言いながらレジに向かっていった。その後ろ姿を少しだけ目で追ってから、私は元居た場所に戻った。


わかったこと、そのA。竈門炭治郎はとんでもないお人好しであるということ。
18時を過ぎるとピークも終盤になり、店の外の列がなくなって、店内の人もパンの在庫もだんだんまばらになってきた。
あとは閉店までの時間もうひと頑張りってところなんだろうな、と思いながらやっとメロンパンを食べようと袋から出していたその時、ニコニコ顔の竈門炭治郎がてててと駆け寄ってきた。その後ろで、レジに立つお母さんも同じ顔をして私たちを見ている。

「さっきはありがとう!」
「何が?」
「お婆さんにパンのおすすめをしてくれていただろう。どうしようかと思っていたらみょうじさんが行ってくれて、とても助かったよ」

ピーク対応で疲れているのだから、休憩なり何なりすればいいのに。そんな些細なことを、わざわざ。またあのほんわかモードに流されそうになって、慌ててそっぽを向いた。

「大したことしてない!」
「ははっ。みょうじさんは、優しいな」

奴が首をかしげて笑うと、その特徴的なピアスが動きに合わせてカランと鳴る。優しいのはどっちだ。このお人好しめ。
そう思うのはこれが初めてではなくて、毎日こんなに忙しいのにもかかわらず、竈門炭治郎は店に通う私や嘴平伊之助の相手を必ずするのだ。私としては放っておいてくれるのが一番いいくらいなんだけど、少しでも手が空くとこうして話しかけ、構いに来る。
私たちのような級友以外にも馴染みの客も多いみたいで、いつも大勢の人に囲まれ話しかけられ、それでも疲れなど微塵も感じさせない様子で笑っていた。


そのB。とにかく大家族。
完全にピークが過ぎ去りお客さんがちらほら来るくらいになった頃、竈門炭治郎のお母さんが「じゃあ行ってくるから、炭治郎お願いね」と言って奥に引っ込んでいった。
行ってくるというのは、一番下の弟を保育園まで迎えに行く、ということらしい。

竈門炭治郎は竈門家の長男で、その下には女の子が二人と男の子が三人いる。計六人兄妹。一人っ子の私からしたら完全に未知の世界だ。
そしてその弟や妹たちは夕方のピークが終わる頃になると、手伝いに来ているのか遊びに来ているのか、とにかく店の方にちょこちょこと顔を出す。天ぷらパンを食べたあの日もそうで、「兄ちゃんが女の子の友達連れてきてる!!」と大騒ぎになってしまい、全員から元気いっぱいの挨拶をもらった。
今日もそろそろそれくらいの時間なんだけどまだ来ないな、と思っていたら、奥の方からドタバタと駆けてくる足音が聞こえた。販売スペースに出てきて空になったトレイを手際よく集めていた竈門炭治郎もそれに気づいたのか顔を上げる。飛び出してきたのは、次男の竹雄くんだった。

「に、兄ちゃん!大変だ、茂が熱出して倒れた!」
「えぇ!?」

竹雄くんは靴下のまま驚いている竈門炭治郎のところまで駆け寄り、すがるようにエプロンを握りしめた。

「学校から帰ってきてさ、なんかずっと顔赤いなとは思ってたんだけど、突然…!と、とにかく来てくれない!?めちゃくちゃフゥフゥ言ってて、俺と花子だけじゃ不安で…母ちゃん保育園だし、姉ちゃんはまだ塾だし…!」
「わ、わかった!すぐ行く!とりあえず店は一旦閉めて…それから…、」

誰がどう見ても緊急事態だ。親ばかならぬ兄ばかの竈門炭治郎は弟の要請に応えようと、動揺しながらもすぐさま行動を開始する。
状況を理解した私はさっと立ち上がって、店のドアを施錠しようと駆け寄っていた竈門炭治郎に近付いた。

「閉めなくても、店番くらい代われるけど」

エプロン貸して、と片手を差し出せば、焦りをにじませた竈門炭治郎の顔がぱっと私を見る。たとえ一時的に店を閉めたって、この後来たお客さんが戸惑うんじゃないかとか、閉店作業はどうしようとか、このお人好し真面目男が気を揉む材料はどんどん積みあがるばかりだろう。だったら誰かが、この場合は私が、代わりに店を見ていた方がずっとましだ。

「えっ。……いいのか…?」
「いいよ。パンの値段もレジの操作も、何日も見てたから完全に覚えてる。だから早く行ってあげて。私はこのあともどうせ暇だから早く戻ってこようとか思わなくていいし、店のことは一旦忘れて看病を優先して」

そこまで言っても竈門炭治郎はまだ、私からの突然の提案に戸惑ったように固まったままでいる。だから、お金取ったりなんてしないから安心してよ、と冗談ぽく笑って付け足すと、そんなこと思ってないよ…と強張った表情をやっと崩して噴き出すように笑った。

「本当にありがとうみょうじさん!行ってくる!」

着けていたエプロンを素早く外して私に手渡した竈門炭治郎が、竹雄くんと一緒に奥へ駆けていく。自分で、貸して、とは言ったものの、今さっきまで奴がつけていたものをそのまま引き継ぐという行為が微妙に恥ずかしくなってきて、それを見つめたまま数秒間悩んでしまった。
けれど外に入店しようとしている人影が見えたので、結局慌てて身に着け、竈門炭治郎が集めていたトレイを抱えてカウンターの中に飛び込んだ。エプロンがまだ微妙に温かい気がしてどうしても変な顔になってしまうせいで、カラン、と音が鳴っても少しの間顔を上げられなかった。

「いらっしゃいませ〜…」

それでも、かろうじて挨拶だけはしておいたから許してほしい。

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