パン屋の息子とパン屋の娘 | ナノ

02 猛獣も手懐ける天ぷらパン


端的にいうと、キメツ学園は変人の集まりだった。

もちろん普通の人だってたくさんいる。でも、その集団を掻き消すくらい、変な人たちのキャラが濃すぎる。
この学校に編入してからたった一日しか過ごしてないのに、帰りのホームルームを迎える頃にはそのあまりの異世界っぷりに放心してしまっていた。

化学の授業では小テストで芳しくない点をとったらしい子が磔にされてペットボトルロケットをぶつけられるという儀式が唐突に始まって目を疑った。
美術室に行けば壁に謎の大穴が開いていて、何あれは…と思わず呟いたら、前に先生がダイナマイトで吹っ飛ばしちゃったんだよね、とクラスメイトが教えてくれた。風で画用紙が飛びそうになって困っちゃうよね、と笑いながら。
数学の先生はちょっとでも居眠りしてる子を見つけたら撃ち抜く勢いでチョークを投げつけ、公民の授業は普通の内容だったけどそもそも先生ナムナム泣きすぎ。
生物の授業が今日初めて完全にまともで心から安心したのも束の間、歴史の授業では何故か戦国武将なりきり騎馬戦をさせられて、指名された通り馬に徹しながらも、脳みそがついに理解することを放棄した。

何故ならこの歴史の授業は特に凄まじく、中身そのものもさることながら、やたら張り切る男子生徒が一人いて身も心も甚大な被害を受けたからだ。
その生徒の名前は嘴平伊之助。常に制服の前全開なのも驚くけど、先生の目を盗んで隙あらば猪の被り物を被ろうとするのが意味不明な野生児だった。
そんな生徒が馬役に甘んじるはずもなく、戦国武将に扮した猪が殴る蹴るかじる飛び跳ねるの大暴れ。
ダイナミックさが一定を超えそうになるとあの竈門炭治郎が「やめないか伊之助!」と一喝して怪我人は出なかったし、いつものことなのかクラスメイト達もワッハッハと笑うだけ。ワイルドで素敵!と頬を染める女子生徒までいた。担当の煉獄先生も、大変元気でよろしい!とどこを見ているのかわからない目で快活に笑っていた。
他の授業は真面目にしてさえいれば直接的な被害がなかっただけに、一日の最後に一番やばい洗礼を受けた私は、ワッハッハの波に翻弄されてすっかり参ってしまっていた。

解散の号令に合わせてお辞儀をして、クラスメイト達ががやがやと賑やかに下校を始める。
私は精神的にも体力的にも疲れ果ててストンと腰をおろしなおすと、ようやっとのろのろと帰り支度を始めた。

「みょうじさん、今日一日どうだった?授業の進み具合とか、問題なかったか?」

というか今隣席から爽やかに話しかけてきているこの竈門炭治郎という男も、自分は至って一般的な生徒ですという顔をしてるけど大概変人だと思う。
ほぼ初対面の人間である私に出会い頭であんなことをされておいて、「君のお父さんもパン職人なのか!ぜひ食べてみたいなぁー!」とにこやかに返してきたのだから。
受けて立ちやがった!?と最初は身構えたけど、今日一日この男を観察していてわかった。あれはたぶん本当に、食べてみたいなぁーという気持ちがそのまま口から出ただけだ。

「進度は大丈夫だけど、ひとつひとつの授業内容が濃すぎる。尖りすぎてる」
「? そうだろうか?確かに個性的ではある、のかなあ?」

無視するわけにもいかないので適当に返事をしておく。個性的の一言でまとめられるその強靭な忍耐力が羨ましい。
顎に手を当ててうーん?と首を傾げている竈門炭治郎をドン引きしながら横目で見ていたら、あの野生児・嘴平伊之助がドタドタと駆け寄ってきた。帰るときはさすがに猪頭なしなのか。
今日一日でわかったけど、正反対の性格に見えるこの二人は実はとても仲がいいらしい。猪頭は竈門炭治郎の名前を正しく覚えてすらいないみたいだけど、休み時間のたびにつるんでいた。そのまま下校も一緒に、というわけか。

「紋次郎!俺は腹が減った!とっとと帰るぞ!」
「ああ、わかった!じゃあみょうじさん。また明日な」
「…ん、サヨウナラ」

にこやかに手を振って去っていく竈門炭治郎の背中に、『また明日』は間違いだけどなとほくそ笑む。
今朝の宣戦布告をすっかり忘れ去ったのか何なのか、間違いないのは私のパパを舐めてかかって油断しまくってくれているということ。バゲットが美味しかったからって、私がそれだけで竈門ベーカリーの実力を認めるわけがないのに。
というわけで今日も昨日同様、予告なしで突然店に行って、油断し倒しているあの店の実態を調査しようと思う。そのためには上辺を繕う暇を与えないよう、竈門炭治郎の帰宅後間髪を入れずに店へ侵入する必要がある。
なんとか教科書を詰め終わったスクールバッグを手に、わちゃわちゃと連れ立って帰っていく二人を尾行するように私も帰宅を開始した。
宣戦布告に始まり忍者のように尾行する姿で終わった私の一日目を見たクラスメイト達から「転校生さんちょっと変わってるよねー」と評され、転校初日にして早くも変人枠の仲間入りをしかけていたことなど微塵も知らずに。

竈門ベーカリーと私の家が近いということは、下校時に降りる駅も同じだということ。わざと違う車両に乗り込み、目的地はわかっているのでばれないように十分な距離をあけて後ろをついていく。
店に入っていった二人の姿を確認してから少しだけ小走りで近づき中をこっそり覗くと、嘴平伊之助だけを店内に残し竈門炭治郎が奥へ入っていくところだった。
レジには、竈門炭治郎のお母さんだろうか。優しげな割烹着姿の女の人が立って、嘴平伊之助と何かしら会話をしているみたいだ。
カラン、とベルを鳴らして私も中に入る。
いらっしゃいませと女の人が言い、振り返った嘴平伊之助と目が合った。

「…あん?お前確か、今日転校してきた…」

…そこまでは出てきたけど、名前はどうしても思い出せないらしい。眉間に皺を寄せて澄んだ緑の目で私を睨みつける。怒ってるんじゃなくて多分考えてるだけなんだろうけど、元の顔が大層綺麗なので迫力もそれなりだ。

「あれっ?みょうじさん今日も来てくれたのか?」
「炭治郎、お友達かい?」
「ああ!今日うちのクラスに転校してきたみょうじなまえさんだ!」

エプロン姿になって戻ってきた竈門炭治郎から紹介を受けた女の人が、これから仲良くしてやってねと優しく笑いかけてくれた。やっぱりお母さんだったか。調査には来たが喧嘩を売りに来たわけではないので、こちらこそ、と当たり障りないかんじにお辞儀しておく。
代わるよ、ありがとうねえ、と親子の会話を挟んで、竈門炭治郎がレジに立ち、お母さんは奥に引っ込んでいった。
すごく綺麗な人だったな…と素直に思っていると、嘴平伊之助が地団駄を踏み始める。飲食物を取り扱ってる店でバタバタすんな!と叱りつけたくなるのをグッと堪えた。

「おい真五郎!腹がもう限界だ!早くしろ!天ぷらだ!天ぷらをよこせ!」
「ああ、わかったわかった。よかったらみょうじさんも食べていくか?」
「てん……?も、もらいマス」

天ぷら…?何でパン屋で天ぷら…?
理解が追いつかないがとりあえず食べると答えておく。
竈門炭治郎が厨房へ引っ込むと、嘴平伊之助は意外なことに大人しくイートインスペースへまっすぐ向かい、備え付けの椅子に腰掛けた。何が出てくるのか全くわからないが、野生児ですらこんなに待ち遠しそうにソワソワさせてしまうもの、ということだけはわかる。
私もレジの前でずっと突っ立っているわけにもいかないので、嘴平伊之助からひとつ間を開けてそろっと腰かけた。

…………。沈黙がとてつもなく気まずい。私も社交的ではない方だけど、嘴平伊之助はそんな次元じゃない。未知数すぎる。片方の足をもう片方の膝に乗せて、その上に肘をついて顔を支えながらどっかり座っている嘴平伊之助をチラチラ観察しつつ、少ない対人スキルから何とか話題を絞り出す。

「あー…嘴平、くん?」
「親分伊之助様だ。なんじゃ」
「…。…えぇと、……あの猪頭、すごいね。本物なのかな」
「あぁ?本物に決まってんだろうが。あれは山の主の皮だ。そして俺は山の王だ!」

だめだあ…。猪頭が本物ってことしか理解できなかった…。「山の王なんだぁー…凄いねー…!」としか返せない。実際の動作には出さなかったけれど、心の中で頭を抱える。
竈門炭治郎、お願いだから早く戻ってきて。これ以上話題を膨らませるのは私には無理だ。
屈辱的ながらもそう願ったのが通じたのだろうか、両手でトレイを持ったそいつがちょうどいいタイミングで厨房から戻ってきてくれた。

「お待たせ!今日はみょうじさんもいるからたくさん作ってきたぞ!」

テーブルの上に乗せられたトレイの上には、…なにこれ、パイ…?きつね色の衣に包まれた揚げパンのようなものが所狭しと並べられている。
そうして私が観察している間にも、嘴平伊之助が目を輝かせながらウヒョー!と雄たけびをあげて、両手に掴んでバクバク食べ始めてしまった。

「さあ、みょうじさんも冷めないうちに食べてくれ」
「え…あ、じゃあ、いただきます…」

言われるがままに手を伸ばしたそれは確かに揚げたてのようでとても温かい。みょうじさんにはこれを、と渡された紙ナプキンで包んで、一口。
サクッ、と軽やかな食感と、口の中に広がる優しい甘味。中はしっとりもちもちで、断面を見ると食パンであんこを挟んであるというのがわかった。
つまりこれは、食パンに具を挟んで衣をつけて揚げたもの。だから『天ぷらパン』。厳密には天ぷらの衣を使ってはいないと思うけど。

「お、美味しい…」
「そうか!よかった!こういう商品を出している店があると知ってな、伊之助は天ぷらが大好物だから、真似してみたんだ。うちの店には出してないんだけど」

なるほど、裏メニューということか。バゲットの時みたいにまた食べる手を止められなくて、竈門炭治郎の説明を聞きながらあっという間に完食してしまった。
私がひとつ食べきる間に、嘴平伊之助が凄まじい勢いで食べ尽くしていて、トレイに残っているのはあとひとつだけ。そのまま最後のひとつをつかんでアーと食べようとした動きが、そこで突然止まった。何故か横目で私を見ている。

「…食えよ」
「はい?」
「これはお前が食え。譲ってやるって言ってんだよ。なんせ俺は山の王!親分伊之助様!だからな!!」

戻された天ぷらパンの乗ったトレイがずいっと目の前に押し出されてくる。突然のその行動にまた理解が追い付かなくて戸惑っていたら、竈門炭治郎が嘴平伊之助がいるのとは逆側の耳にすっと顔を寄せてきた。近い距離で、カラン、とあのピアスの揺れる音がした。

「山の王って言ったとき、みょうじさんがバカにしなかったのが嬉しかったみたいだ」

えっ?と見上げると、竈門炭治郎はまるで自分が優しくされたみたいに嬉しそうに笑っている。厨房まで聞こえてたのか。いやでもあれは、話の展開についていけなかっただけなんだけどな。本人が『山の王』を自称するなら、否定する気はさらさらないけれど。

食え食えビームを出す緑の目に見つめられ、いらないですとも言えず、「じゃあ…お言葉に甘えて」と最後のひとつを手に取る。食べてみると、今度はスパイシーな味がした。これはカレーペーストがはさんであるのか。

「どうだ!炭五郎のパンは美味いだろう!」
「みょうじさんも気に入ってくれたなら、言ってもらえればまたいつでも作るからな」

さくもぐ、と食べる姿を二人から見守られ、そのほんわかした空気についつい流されて毒気を抜かれてしまいそうになる。
ま、まだだ。まだ、バゲットと天ぷらパンが美味しかっただけ。しかもこの天ぷらパンは裏メニューということだし、ノーカンだ。うん。

私は心の中で必死に言い訳しながら、明日も調査しにきてやるんだからね、とひそかに決意を新たにした。

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