パン屋の息子とパン屋の娘 | ナノ

01 お手並み拝見フランスパンA


日付が変わって月曜日、昨日のこともあって気乗りはしないがいよいよ今日から新しい高校での生活が始まる。
特にこだわりはなかったのでママの母校だというキメツ学園を転入先に決めたんだけど、電車通学なのがちょっと面倒だなあ。

しかもその沿線には、迷惑なことに変態がよく出没するらしい。また出たのかよ…とぼやくサラリーマンの様子からそう窺い知れた。
そいつのせいで遅延するのが日常茶飯事だと知らなかった私は、余裕を持って家を出たはずなのに学校に着くのがかなりギリギリになってしまった。もう殆ど生徒の居ない校門を駆け抜けて、職員室を目指す。
先生への挨拶は手続きの時に親と済ませていたからそこからの流れはスムーズにいったけど、かなり焦った。初日から散々である。

担任はめちゃくちゃ大きい男の人。悲鳴嶼先生というらしい。額にズバンと物騒な傷跡があるし、腕はムッキムキだし、見た目から受ける印象はかなり怖そう。だけど、ギリギリに駆け込んだ私を咎めたりすることもなく「新しい街だ…慣れるまで大変だと思うが頑張っていこう…」と声をかけてくれた。だから多分、優しい人。
そんな先生に案内されて教室へ向かう。私の編入するクラスは高等部1年の筍組だ。

「えー…今日はこのクラスに…新しい仲間が増えた…。さあ、自己紹介を…」
「みょうじなまえです。よろしくお願いします」

ぺこり、とお辞儀をする。短かすぎたかな。どこから来たかとか言うべきだったか?なんか先生泣いちゃってるけど、これは私がそっけなさすぎて思わず涙が出たとかじゃないよね?
…まあ、いいか。特に話すようなこともないし。

「君の席は…あそこだ…」

何故かナムナムと拝まれながら指定されたので呪われた席かなんかなの…?とビクビクしながら足を運んだけど、その隣の席に座ってニコニコしている人物と目が合った瞬間、驚きでそんなことはすっかりどこかへ飛んでいってしまった。

「君、昨日パン買いに来てくれた子だよな?これからよろし…」
「かっ、竈門ベーカリー…!?」

この特徴的な耳飾り、間違いない。昨日の店員さんだ。向こうも私のこと覚えてたみたいだし、間違いない。
席に着くことも忘れて叫ぶと、その子はちょっとだけ驚いた顔をした後、むんっと腰に手を当て元気に宣言した。

「確かに家は竈門ベーカリーだが、俺の名前は竈門炭治郎だ!よろしく!」

"竈門"炭治郎、つまりこの子はバイトとかじゃなくて、あのパン屋さんの経営側に立つ人間。
転校した先で隣の席がたまたまそんな子だなんて一体どんな確率だ。ふるふると体が震える。これはパンの神様が私に、心を折られるなと発破をかけているのだろうか。しぼんでいた気持ちが、昨日竈門ベーカリーに向かって歩いていた時とおなじくらいに、ムクムクと膨らんでいく。

そうだ、お店の雰囲気がちょっとよくて、バゲットだけが美味しかったからって、何をしょぼくれていたんだ、私は。
新しいクラスメイトたちの注目を一身に浴びながら、その赤い瞳をビシリと指さす。

「竈門炭治郎!ちょっと評判いいからって調子に乗らないでね!あの街一番のパン職人は、私のパパなんだから。パパが作るパンと比べたら、あなたのお店のパンなんて足元にも及ばないんだから!」

昨日はちょっとアンニュイになってしまったけど、竈門ベーカリーのパンよりも、パパのパンの方が絶対美味しい!
だから私はまだあのお店を『街を代表するに足るパン屋』だと認めるわけにはいかない。大丈夫。私はこんなことで折れたりしないよ、パパ。

パンの神様の思惑通り再び闘志をメラメラと燃やした私は、「早く…座りなさい…」という先生の言葉すら聞き流して、そう宣戦布告した。

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